くいのだが、――お団子《だんご》が、白い袋をかぶって出て来た形であった。色、赤黒く、ただまるまると太っている。これでは、とても画にはなるまい。
「少し健康すぎたね。」と私は小声で杉野君に言うと、
「ううむ、」と杉野君も唸《うな》って、「さっき和服を着ていた時には、これほどでも、なかったんですがね。これあひどいですよ。泣きたくなっちゃった。とにかく、まあ、庭へ出ましょう。」
 私たちは庭の桜の木の下に集った。桜の葉は、間断無く散っていた。
「ここへ、ちょっと立ってみて下さい。」杉野君は、機嫌が悪い。
「はい。」女のひとは、性質の素直な人らしく、顔を伏せたまま優しい返事をして、長いドレスをつまみ上げ、指定された場所に立った。とたんに杉野君は、目を丸くして、
「おや、君は、はだしですね。僕はドレスと一緒に靴をそろえて置いた筈《はず》なんだが。」
「あの靴は、少し小さすぎますので。」
「そんな事は無い。君の足が大きすぎるんだよ。なってないじゃないか。」ほとんど泣き声である。
「いけませんでしょうか。」かえって、モデルのほうが無心に笑っている。
「なってないなあ。こんなリイズってあるものか。ゴオギャンのタヒチの女そっくりだ。」杉野君は、やぶれかぶれで、ひどく口が悪くなった。「光線が大事なんだよ。顔を、もっと挙げてくれ。ちえっ! そんなにゲタゲタ笑わなくてもいいんだよ。なってないじゃないか。これじゃ僕は、漫画家になるより他は無い。」
 私は、杉野君にも、またモデルのひとにも、両方に気の毒でその場で、立って見ている事が出来ず、こっそり家《うち》へ帰ってしまった。
 それから十日ほど経って、きのうの朝、私は吉祥寺の郵便局へ用事があって出かけて、その帰りみち、また杉野君の家へ立ち寄った。先日のモデルの後日談をも聞いてみたかったのである。玄関の呼鈴を押したら、出て来たのは、あのひとである。先日のモデルである。白いエプロンを掛けている。
「あなたは?」私は瞬時、どぎまぎした。
「はあ。」とだけ答えて、それから、くすくす笑い、奥に引っ込んでしまった。
「おや、まあ。」と言ってお母さんが、入れちがいに出て来た。「あれは旅行に出かけましたよ。ひどく不機嫌でしてな。やっぱり景色をかいているほうが、いいそうですよ。なんの事やら、とっても、ぷんぷんして出かけましたよ。」
「それあ、そうでしょう。ちょっと、ひどかったですものね。それで、あのひとは? どうしたのです。まだ、ここにいるようですね。」
「女中さんがわりにいてもらう事にしました。どうして、なかなかいい子ですよ。おかげで私も大助かりでございます。いま時あんな子は、とても見つかりませんですからねえ。」
「なあんだ。それじゃお母さんは、女中を捜しに上野まで行って来たようなものだ。」
「いいえ、そんな事。」とお母さんは笑いながら打消して、「私だって、あれにいい画をかかせたいし、なるべくなら姿のいいひとを選んで来たいと思って行ったのですが、なんだか、あそこの家で大勢のならんで坐っている中で、あのひとだけ、ひとり目立っていけないのですものね。つい不憫《ふびん》になって、身の上を聞きましたら、あなた、東京へつい先日出て来たばかりで、人からモデルはお金になると聞いて、こうしてここに坐っているというんでしょう? あぶない話ですものねえ。房州《ぼうしゅう》の漁師の娘ですって。私は、せがれの画がしくじっても、この娘さんをしくじらせたくないと思いました。私だって、知っていますよ。あの娘さんじゃ、画になりません。でも、せがれには、またこの次という事もあります。画かきだって何だって、一生、気永な仕事ですから。」



底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年10月25日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月刊行
入力:柴田卓治
校正:渥美浩子
2000年4月27日公開
2005年10月27日修正
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