っと、ひどかったですものね。それで、あのひとは? どうしたのです。まだ、ここにいるようですね。」
「女中さんがわりにいてもらう事にしました。どうして、なかなかいい子ですよ。おかげで私も大助かりでございます。いま時あんな子は、とても見つかりませんですからねえ。」
「なあんだ。それじゃお母さんは、女中を捜しに上野まで行って来たようなものだ。」
「いいえ、そんな事。」とお母さんは笑いながら打消して、「私だって、あれにいい画をかかせたいし、なるべくなら姿のいいひとを選んで来たいと思って行ったのですが、なんだか、あそこの家で大勢のならんで坐っている中で、あのひとだけ、ひとり目立っていけないのですものね。つい不憫《ふびん》になって、身の上を聞きましたら、あなた、東京へつい先日出て来たばかりで、人からモデルはお金になると聞いて、こうしてここに坐っているというんでしょう? あぶない話ですものねえ。房州《ぼうしゅう》の漁師の娘ですって。私は、せがれの画がしくじっても、この娘さんをしくじらせたくないと思いました。私だって、知っていますよ。あの娘さんじゃ、画になりません。でも、せがれには、またこの次という事もあります。画かきだって何だって、一生、気永な仕事ですから。」
底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房
1988(昭和63)年10月25日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月刊行
入力:柴田卓治
校正:渥美浩子
2000年4月27日公開
2005年10月27日修正
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