を言い、踵《かかと》をおろして幽《かす》かなお辞儀をした。
緑色の帽子をかぶり、帽子の紐《ひも》を顎《あご》で結び、真赤なレンコオトを着ている。見る見るそのひとは若くなって、まるで十二、三の少女になり、私の思い出の中の或る影像とぴったり重って来た。
「シズエ子ちゃん。」
吉だ。
「出よう、出よう。それとも何か、買いたい雑誌でもあるの?」
「いいえ。アリエルというご本を買いに来たのだけれども、もう、いいわ。」
私たちは、師走ちかい東京の街に出た。
「大きくなったね。わからなかった。」
やっぱり東京だ。こんな事もある。
私は露店から一袋十円の南京豆《ナンキンまめ》を二袋買い、財布《さいふ》をしまって、少し考え、また財布を出して、もう一袋買った。むかし私はこの子のために、いつも何やらお土産《みやげ》を買って、そうして、この子の母のところへ遊びに行ったものだ。
母は、私と同じとしであった。そうして、そのひとは、私の思い出の女のひとの中で、いまだしぬけに逢っても、私が恐怖困惑せずにすむ極めて稀《まれ》な、いやいや、唯一、と言ってもいいくらいのひとであった。それは、なぜであろうか。いま
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