ふとした事」もありやしない。はじめから、そのつもりで両方が虎視眈々《こしたんたん》、何か「きっかけ」を作ろうとしてあがきもがいた揚句《あげく》の果の、ぎごちないぶざまな小細工《こざいく》に違いないのだ。心がそのところにあらざれば、脚がさわったって頬がふれたって、それが「恋愛」の「きっかけ」などになる筈は無いのだ。かつて私は新宿から甲府まで四時間汽車に乗り、甲府で下車しようとして立ち上り、私と向い合せに凄《すご》い美人が坐っていたのにはじめて気がつき、驚いた事がある。心に色慾の無い時は、凄いほどの美人と膝頭《ひざがしら》を接し合って四時間も坐っていながら、それに気がつかない事もあるのだ。いや、本当にこれは、事実談なのである。図に乗ってまくし立てるようだが、登楼《とうろう》して、おいらんと二人でぐっすり眠って、そうして朝まで、「ひょんな事」も「妙な縁」も何も無く、もちろんそれゆえ「恋愛」も何も起らず、「おや、お帰り?」「そう。ありがとう。」と一夜の宿のお礼を言ってそのまま引き上げた経験さえ私にはあった。
こんな事を言っていると、いかにも私は我慢してキザに木石を装っている男か、或《ある》い
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