ないか。しがみつかれた男もまた、へたくそな手つきで相手の肩を必要以上に強く抱いてしまって、こわいことない、だいじょぶ、など外人の日本語みたいなものを呟《つぶや》く。舌がもつれ、声がかすれているという情無い有様である。演技拙劣もきわまれりと言うべきである。「甘美なる恋愛」の序曲と称する「もののはずみ」とかいうものの実況は、たいていかくの如く、わざとらしく、いやらしく、あさましく、みっともないものである。
だいたいひとを馬鹿にしている。そんな下手《へた》くそな見えすいた演技を行っていながら、何かそれが天から与えられた妙な縁の如く、互いに首肯《しゅこう》し合おうというのだから、厚かましいにも程があるというものだ。自分たちの助平の責任を、何もご存じない天の神さまに転嫁しようとたくらむのだから、神さまだって唖然《あぜん》とせざるを得まい。まことにふとい了見《りょうけん》である。いくら神さまが寛大だからといって、これだけは御許容なさるまい。
寝てもさめても、れいの「性的煩悶」ばかりしている故に、そんな「もののはずみ」だの「きっかけ」だのでわけもなく「恋愛関係」に突入する事が出来るのかも知れない
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