も、お前さまは、変らずラプンツェルを可愛がってあげますか?」
その五
次男の病床の口述筆記は、短い割に、多少の飛躍があったようである。けれども、さすがに病床の粥腹《かゆばら》では、日頃、日本のあらゆる現代作家を冷笑している高慢無礼の驕児《きょうじ》も、その特異の才能の片鱗《へんりん》を、ちらと見せただけで、思案してまとめて置いたプランの三分の一も言い現わす事が出来ず、へたばってしまった。あたら才能も、風邪の微熱には勝てぬと見える。飛躍が少しはじまりかけたままの姿で、むなしくバトンは次の選手に委《ゆだ》ねられた。次の選手は、これまた生意気な次女である。あっと一驚させずば止《や》まぬ態《てい》の功名心に燃えて、四日目、朝からそわそわしていた。家族そろって朝ごはんの食卓についた時にも、自分だけは、特に、パンと牛乳だけで軽くすませた。家族のひとたちの様に味噌汁、お沢庵《たくあん》などの現実的なるものを摂取するならば胃腑《いふ》も濁って、空想も萎靡《いび》するに違いないという思惑からでもあろうか。食事をすませてから応接室に行き、つッ立ったまま、ピアノのキイを矢鱈《やたら》にた
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