る気持もどこかにあった。書斎には火の気が無かった。いま急に、それに気附いて、おう寒い、と小声で呟き、肩をすぼめて立ち上り、書き上げた原稿を持って廊下へ出たら、そこに意味ありげに立っている末弟と危く鉢合せしかけた。
「失敬、失敬。」末弟は、ひどく狼狽している。
「和ちゃん、偵察しに来たのね。」
「いやいや、さにあらず。」末弟は顔を真赤にして、いよいよへどもどした。
「知っていますよ。私が、うまく続けたかどうか心配だったんでしょう?」
「実は、そうなんだよ。」末弟は小声であっさり白状した。
「僕のは下手だったろうね。どうせ下手なんだからね。」ひとりで、さかんに自嘲をはじめた。
「そうでもないわよ。今回だけは、大出来よ。」
「そうかね。」末弟の小さい眼は喜びに輝いた。「ねえさん、うまく続けてくれたかね。ラプンツェルを、うまく書いてくれた?」
「ええ、まあ、どうやらね。」
「ありがたい!」末弟は、長女に向って合掌した。

       その四

 三日目。
 元日に、次男は郊外の私の家に遊びに来て、近代の日本の小説を片っ端からこきおろし、ひとりで興奮して、日の暮れる頃、「こりゃ、いけない。熱が
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