たのでした。王子の金《きん》の鎧《よろい》は、薄暗い森の中で松明《たいまつ》のように光っていました。婆さんは、これを見のがす筈は、ありません。風のように家を飛び出し、たちまち王子を、馬からひきずり落してしまいました。
「この坊ちゃんは、肥えているわい。この肌の白さは、どうじゃ。胡桃《くるみ》の実で肥やしたんじゃな!」と喉《のど》を鳴らして言いました。婆さんは長い剛《こわ》い髭《ひげ》を生やしていて、眉毛は目の上までかぶさっているのです。「まるで、ふとらした小羊そっくりじゃ。さて、味はどんなもんじゃろ。冬籠りには、こいつの塩漬けが一ばんいい。」とにたにた笑いながら短刀を引き抜き、王子の白い喉にねらいをつけた瞬間、
「あっ!」と婆さんは叫びました。婆さんは娘のラプンツェルに、耳を噛《か》まれてしまったからです。ラプンツェルは婆さんの背中に飛びついて、婆さんの左の耳朶《みみたぶ》を、いやというほど噛んで放さないのでした。
「ラプンツェルや、ゆるしておくれ。」と婆さんは、娘を可愛がって甘やかしていますから、ちっとも怒らず、無理に笑ってあやまりました。ラプンツェルは、婆さんの背中をゆすぶって、
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