な気が致しましたが、あのじいさん案外ずるい人だから、宿で寝ころんで気楽に歌っていたのかも知れない。うっかり信じられません。夕日が沈みかけています。
「君たちは朝日を見た事があるかね。朝日もやっぱり、こんなに大きいかね。僕は、まだ朝日を見た事が無いんだ。」
「僕は富士山に登った時、朝日の昇るところを見ました。」ひとりの生徒が答えました。
「その時、どうだったね。やっぱり、こんなに大きかったかね。こんな工合いに、ぶるぶる煮えたぎって、血のような感じがあったかね。」
「いいえ、どこか違うようです。こんなに悲しくありませんでした。」
「そうかね、やっぱり、ちがうかね。朝日は、やっぱり偉いんだね。新鮮なんだね。夕日は、どうも、少しなまぐさいね。疲れた魚の匂いがあるね。」
砂丘が少しずつ暗くなりました。遠くに点々と、散歩者の姿も見えます。人の姿のようでは無く、烏《からす》の姿のようでした。この砂丘は、年々すこしずつ海に呑まれて、後退しているのだそうです。滅亡の風景であります。
「これあいい。忘れ得ぬ思い出の一つだ。」私は、きざな事を言いました。
私たちは海と別れて、新潟のまちのほうへ歩いて行き
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