少し手前の小さい駅で下車しましたが、おかみさんがいなくなってから、私は妻に向って苦笑し、
「人道には、おどろいたな。」
 と恩人をひやかすような事を低く言いました。乞食の負け惜しみというのでしょうか、虚栄というのでしょうか。アメリカの烏賊《いか》の缶詰の味を、ひそひそ批評しているのと相似たる心理でした。まことに、どうも、度し難いものです。
 私たちの計画は、とにかくこの汽車で終点の小牛田《こごた》まで行き、東北本線では青森市のずっと手前で下車を命ぜられるという噂《うわさ》も聞いているし、また本線の混雑はよほどのものだろうと思われ、とても親子四人がその中へ割り込める自信は無かったし、方向をかえて、小牛田から日本海のほうに抜け、つまり小牛田から陸羽線に乗りかえて山形県の新庄に出て、それから奥羽線に乗りかえて北上し、秋田を過ぎ東能代《ひがしのしろ》駅で下車し、そこから五能線に乗りかえ、謂《い》わば、青森県の裏口からはいって行って五所川原《ごしょがわら》駅で降りて、それからいよいよ津軽鉄道に乗りかえて生れ故郷の金木という町にたどり着くという段取りであったのですが、思えば前途雲煙のかなたにあり、
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