の土地に住んでいるように思われて、ひょっとしたら、私のこの手記がそのひとの眼にふれる事がありはせぬか、またはそのひとの眼にふれずとも、そのひとの知合いのお方が読んで、そのひとに告げるとか、そのような万に一つの僥倖《ぎょうこう》が、……いやいや、それは無理だ、そんな事は有りっこ無いよ、いやいや、その無理は充分にわかっていますが、しかし、私としてはそんな有りっこ無い事をも、あてにして書かずに居られない気持なのです。
「お嬢さん。あの時は、たすかりました。あの時の乞食《こじき》は私です。」
 その言葉が、あの女のひとの耳にまでとどかざる事、あたかも、一勇士を葬《とむ》らわんとて飛行機に乗り、その勇士の眠れる戦場の上空より一束の花を投じても、決してその勇士の骨の埋められたる個所には落下せず、あらぬかなたの森に住む鷲《わし》の巣にばさと落ちて雛《ひな》をいたずらに驚愕《きょうがく》せしめ、或いはむなしく海波の間に浮び漂うが如き結末になると等しく、これは畢竟《ひっきょう》、とどくも届かざるも問題でなく、その言葉もしくは花束を投じた当人の気がすめば、それでよろしいという甚《はなは》だ身勝手なたくらみ
前へ 次へ
全16ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング