いい、とまで思ひつめた時に、近所のあの酒飲みのお爺さんの瘤が、このごろふつと無くなつたといふ噂を小耳にはさむ。暮夜ひそかに、お旦那は、酒飲み爺さんの草屋を訪れ、さうしてあの、月下の不思議な宴の話を明かしてもらつた。
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キイテ タイソウ ヨロコンデ
「ヨシヨシ ワタシモ コノコブヲ
ゼヒトモ トツテ モラヒマセウ」
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と勇み立つ。さいはひその夜も月が出てゐた。お旦那は、出陣の武士の如く、眼光炯々、口をへの字型にぎゆつと引き結び、いかにしても今宵は、天晴れの舞ひを一さし舞ひ、その鬼どもを感服せしめ、もし万一、感服せずば、この鉄扇にて皆殺しにしてやらう、たかが酒くらひの愚かな鬼ども、何程の事があらうや、と鬼に踊りを見せに行くのだか、鬼退治に行くのだか、何が何やら、ひどい意気込みで鉄扇右手に、肩いからして剣山の奥深く踏み入る。このやうに、所謂「傑作意識」にこりかたまつた人の行ふ芸事は、とかくまづく出来上るものである。このお爺さんの踊りも、あまりにどうも意気込みがひどすぎて、遂に完全の失敗に終つた。お爺さんは、鬼どもの酒宴の円陣のまんなかに恭々粛々と歩を運び、
「ふつつかながら。」と会釈し、鉄扇はらりと開き、屹つと月を見上げて、大樹の如く凝然と動かず。しばらく経つて、とんと軽く足踏みして、おもむろに呻き出すは、
「是は阿波の鳴門に一夏《いちげ》を送る僧にて候。さても此浦は平家の一門果て給ひたる所なれば痛はしく存じ、毎夜此磯辺に出でて御経を読み奉り候。磯山に、暫し岩根のまつ程に、暫し岩根のまつ程に、誰が夜舟とは白波に、楫音ばかり鳴門の、浦静かなる今宵かな、浦静かなる今宵かな。きのふ過ぎ、けふと暮れ、明日またかくこそ有るべけれ。」そろりとわづかに動いて、またも屹つと月を見上げて端凝たり。
[#ここから2字下げ、ゴシック体]
オニドモ ヘイコウ
ジユンジユンニ タツテ ニゲマス
ヤマオクヘ
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「待つて下さい!」とお旦那は悲痛の声を挙げて鬼の後を追ひ、「いま逃げられては、たまりません。」
「逃げろ、逃げろ。鍾馗かも知れねえ。」
「いいえ、鍾馗ではございません。」とお旦那も、ここは必死で追ひすがり、「お願ひがございます。この瘤を、どうか、どうかとつて下さいまし。」
「何、瘤?」鬼はうろたへてゐるので聞き違ひ、「なんだ、さうか、あれは、こなひだの爺さんからあづかつてゐる大事の品だが、しかし、お前さんがそんなに欲しいならやつてもいい。とにかく、あの踊りは勘弁してくれ。せつかくの酔ひが醒める。たのむ。放してくれ。これからまた、別なところへ行つて飲み直さなくちやいけねえ。たのむ。たのむから放せ。おい、誰か、この変な人に、こなひだの瘤をかへしてやつてくれ。欲しいんださうだ。」
[#ここから2字下げ、ゴシック体]
オニハ コナヒダ アヅカツタ
コブヲ ツケマス ミギノ ホホ
オヤオヤ トウトウ コブ フタツ
ブランブラント オモタイナ
ハヅカシサウニ オヂイサン
ムラヘ カヘツテ ユキマシタ
[#ここで字下げ終わり]
実に、気の毒な結果になつたものだ。お伽噺に於いては、たいてい、悪い事をした人が悪い報いを受けるといふ結末になるものだが、しかし、このお爺さんは別に悪事を働いたといふわけではない。緊張のあまり、踊りがへんてこな形になつたといふだけの事ではないか。それかと言つて、このお爺さんの家庭にも、これといふ悪人はゐなかつた。また、あのお酒飲みのお爺さんも、また、その家族も、または、剣山に住む鬼どもだつて、少しも悪い事はしてゐない。つまり、この物語には所謂「不正」の事件は、一つも無かつたのに、それでも不幸な人が出てしまつたのである。それゆゑ、この瘤取り物語から、日常倫理の教訓を抽出しようとすると、たいへんややこしい事になつて来るのである。それでは一体、何のつもりでお前はこの物語を書いたのだ、と短気な読者が、もし私に詰寄つて質問したなら、私はそれに対してかうでも答へて置くより他はなからう。
性格の悲喜劇といふものです。人間生活の底には、いつも、この問題が流れてゐます。
[#改頁]
浦島さん
浦島太郎といふ人は、丹後の水江《みづのえ》とかいふところに実在してゐたやうである。丹後といへば、いまの京都府の北部である。あの北海岸の某寒村に、いまもなほ、太郎をまつつた神社があるとかいふ話を聞いた事がある。私はその辺に行つてみた事が無いけれども、人の話に依ると、何だかひどく荒涼たる海浜らしい。そこにわが浦島太郎が住んでゐた。もちろん、ひとり暮しをしてゐたわけではない。父も母もある。弟も妹もある。また、おほぜいの召使ひもゐる。つまり、この海岸で有名な、旧家の長男であつたわけである。旧家の長男といふものには、昔も今も一貫した或る特徴があるやうだ。趣味性、すなはち、之である。善く言へば、風流。悪く言へば、道楽。しかし、道楽とは言つても、女狂ひや酒びたりの所謂、放蕩とは大いに趣きを異にしてゐる。下品にがぶがぶ大酒を飲んで素性の悪い女にひつかかり、親兄弟の顔に泥を塗るといふやうな荒《すさ》んだ放蕩者は、次男、三男に多く見掛けられるやうである。長男にはそんな野蛮性が無い。先祖伝来の所謂恒産があるものだから、おのづから恒心も生じて、なかなか礼儀正しいものである。つまり、長男の道楽は、次男三男の酒乱の如くムキなものではなく、ほんの片手間の遊びである。さうして、その遊びに依つて、旧家の長男にふさはしいゆかしさを人に認めてもらひ、みづからもその生活の品位にうつとりする事が出来たら、それでもうすべて満足なのである。
「兄さんには冒険心が無いから、駄目ね。」とことし十六のお転婆の妹が言ふ。「ケチだわ。」
「いや、さうぢやない。」と十八の乱暴者の弟が反対して、「男振りがよすぎるんだよ。」
この弟は、色が黒くて、ぶをとこである。
浦島太郎は、弟妹たちのそんな無遠慮な批評を聞いても、別に怒りもせず、ただ苦笑して、
「好奇心を爆発させるのも冒険、また、好奇心を抑制するのも、やつぱり冒険、どちらも危険さ。人には、宿命といふものがあるんだよ。」と何の事やら、わけのわからんやうな事を悟り澄ましたみたいな口調で言ひ、両腕をうしろに組み、ひとり家を出て、あちらこちら海岸を逍遥し、
[#ここから2字下げ]
苅薦《かりごも》の
乱れ出づ
見ゆ
海人《あま》の釣船
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などと、れいの風流めいた詩句の断片を口ずさみ、
「人は、なぜお互ひ批評し合はなければ、生きて行けないのだらう。」といふ素朴の疑問に就いて鷹揚に首を振つて考へ、「砂浜の萩の花も、這ひ寄る小蟹も、入江に休む鴈も、何もこの私を批評しない。人間も、須くかくあるべきだ。人おのおの、生きる流儀を持つてゐる。その流儀を、お互ひ尊敬し合つて行く事が出来ぬものか。誰にも迷惑をかけないやうに努めて上品な暮しをしてゐるのに、それでも人は、何のかのと言ふ。うるさいものだ。」と幽かな溜息をつく。
「もし、もし、浦島さん。」とその時、足許で小さい声。
これが、れいの問題の亀である。別段、物識り振るわけではないが、亀にもいろいろの種類がある。淡水に住むものと、鹹水に住むものとは、おのづからその形状も異つてゐるやうだ。弁天様の池畔などで、ぐつたり寝そべつて甲羅を干してゐるのは、あれは、いしがめとでもいふのであらうか、絵本には時々、浦島さんが、あの石亀の背に乗つて小手をかざし、はるか竜宮を眺めてゐる絵があるやうだが、あんな亀は、海へ這入つたとたんに鹹水にむせて頓死するだらう。しかし、お祝言の時などの島台の、れいの蓬莱山、尉姥の身辺に鶴と一緒に侍つて、鶴は千年、亀は万年とか言はれて目出度がられてゐるのは、どうやらこの石亀のやうで、すつぽん、たいまいなどのゐる島台はあまり見かけられない。それゆゑ、絵本の画伯もつい、(蓬莱も竜宮も、同じ様な場所なんだから)浦島さんの案内役も、この石亀に違ひないと思ひ込むのも無理のない事である。しかしどうも、あの爪の生えたぶざいくな手で水を掻き、海底深くもぐつて行くのは、不自然のやうに思はれる。ここはどうしても、たいまいの手のやうな広い鰭状の手で悠々と水を掻きわけてもらはなくてはならぬところだ。しかしまた、いや決して物識り振るわけではないが、ここにもう一つ困つた問題がある。たいまいの産地は、本邦では、小笠原、琉球、台湾などの南の諸地方だといふ話を聞いてゐる。丹後の北海岸、すなはち日本海のあの辺の浜には、たいまいは、遺憾ながら這ひ上つて来さうも無い。それでは、いつそ浦島さんを小笠原か、琉球のひとにしようかとも思つたが、しかし、浦島さんは昔から丹後の水江の人ときまつてゐるらしく、その上、丹後の北海岸には浦島神社が現存してゐるやうだから、いかにお伽噺は絵空事《ゑそらごと》ときまつてゐるとは言へ、日本の歴史を尊重するといふ理由からでも、そんなあまりの軽々しい出鱈目は許されない。どうしても、これは、小笠原か琉球のたいまいに、日本海までおいでになつてもらはなければならぬ。しかしまた、それは困る、と生物学者のはうから抗議が出て、とかく文学者といふものには科学精神が欠如してゐる、などと軽蔑せられるのも不本意である。そこで、私は考へた。たいまいの他に、掌の鰭状を為してゐる鹹水産の亀は、無いものか。赤海亀、とかいふものが無かつたか。十年ほど前、(私も、としをとつたものだ)沼津の海浜の宿で一夏を送つた事があつたけれども、あの時、あの浜に、甲羅の直径五尺ちかい海亀があがつたといつて、漁師たちが騒いで、私もたしかにこの眼で見た。赤海亀、といふ名前だつたと記憶する。あれだ。あれにしよう。沼津の浜にあがつたのならば、まあ、ぐるりと日本海のはうにまはつて、丹後の浜においでになつてもらつても、そんなに生物学界の大騒ぎにはなるまいだらうと思はれる。それでも潮流がどうのかうのとか言つて騒ぐのだつたら、もう、私は知らぬ。その、おいでになるわけのない場所に出現したのが、不思議さ、ただの海亀ではあるまい、と言つて澄ます事にしよう。科学精神とかいふものも、あんまり、あてになるものぢやないんだ。定理、公理も仮説ぢやないか。威張つちやいけねえ。ところで、その赤海亀は、(赤海亀といふ名は、ながつたらしくて舌にもつれるから、以下、単に亀と呼称する)頸を伸ばして浦島さんを見上げ、
「もし、もし。」と呼び、「無理もねえよ。わかるさ。」と言つた。浦島は驚き、
「なんだ、お前。こなひだ助けてやつた亀ではないか。まだ、こんなところに、うろついてゐたのか。」
これがつまり、子供のなぶる亀を見て、浦島さんは可哀想にと言つて買ひとり海へ放してやつたといふ、あの亀なのである。
「うろついてゐたのか、とは情無い。恨むぜ、若旦那。私は、かう見えても、あなたに御恩がへしをしたくて、あれから毎日毎晩、この浜へ来て若旦那のおいでを待つてゐたのだ。」
「それは、浅慮といふものだ。或いは、無謀とも言へるかも知れない。また子供たちに見つかつたら、どうする。こんどは、生きては帰られまい。」
「気取つてゐやがる。また捕まへられたら、また若旦那に買つてもらふつもりさ。浅慮で悪うござんしたね。私は、どうしたつて若旦那に、もう一度お目にかかりたかつたんだから仕様がねえ。この仕様がねえ、といふところが惚れた弱味よ。心意気を買つてくんな。」
浦島は苦笑して、
「身勝手な奴だ。」と呟く。亀は聞きとがめて、
「なあんだ、若旦那。自家撞着してゐますぜ。さつきご自分で批評がきらひだなんておつしやつてた癖に、ご自分では、私の事を浅慮だの無謀だの、こんどは身勝手だの、さかんに批評してやがるぢやないか。若旦那こそ身勝手だ。私には私の生きる流儀があるんですからね。ちつとは、みとめて下さいよ。」と見事に逆襲した。
浦島は赤面し、
「私のは批評ではない、これは、訓戒といふものだ。諷諫、といつてもよからう。諷諫、耳に逆ふもその行を利す、とい
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