やさしく、「もう私も、柴を一束こしらへたから、これから背負つて爺さんの庭先まで持つて行つてあげませうよ。」
「ああ、さうしよう。」と狸は大あくびしながら腕をぽりぽり掻いて、「やけにおなかが空《す》いた。かうおなかが空くと、もうとても、眠つて居られるものぢやない。おれは敏感なんだ。」ともつともらしい顔で言ひ、「どれ、それではおれも刈つた柴を大急ぎで集めて、下山としようか。お弁当も、もう、からになつたし、この仕事を早く片づけて、それからすぐに食べ物を捜さなくちやいけない。」
 二人はそれぞれ刈つた柴を背負つて、帰途につく。
「あなた、さきに歩いてよ。この辺には、蛇がゐるんで、私こはくて。」
「蛇? 蛇なんてこはいもんか。見つけ次第おれがとつて、」食べる、と言ひかけて、口ごもり、「おれがとつて、殺してやる。さあ、おれのあとについて来い。」
「やつぱり、男のひとつて、こんな時にはたのもしいものねえ。」
「おだてるなよ。」とやにさがり、「けふはお前、ばかにしをらしいぢやないか。気味がわるいくらゐだぜ。まさか、おれをこれから爺さんのところに連れて行つて、狸汁にするわけぢやあるまいな。あははは。そい
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