つたく無邪気の悪戯のつもりで、こんなひとのわるい冗談をやらかしたのか。いづれにしても、あの真の上品《じやうぼん》の筈の乙姫が、こんな始末の悪いお土産を与へたとは、不可解きはまる事である。パンドラの箱の中には、疾病、恐怖、怨恨、哀愁、疑惑、嫉妬、憤怒、憎悪、呪咀、焦慮、後悔、卑屈、貪慾、虚偽、怠惰、暴行などのあらゆる不吉の妖魔がはひつてゐて、パンドラがその箱をそつとあけると同時に、羽蟻の大群の如く一斉に飛び出し、この世の隅から隅まで残るくまなくはびこるに到つたといふ事になつてゐるが、しかし、呆然たるパンドラが、うなだれて、そのからつぽの箱の底を眺めた時、その底の闇に一点の星のやうに輝いてゐる小さな宝石を見つけたといふではないか。さうして、その宝石には、なんと、「希望」といふ字がしたためられてゐたといふ。これに依つて、パンドラの蒼白の頬にも、幽かに血の色がのぼつたといふ。それ以来、人間は、いかなる苦痛の妖魔に襲はれても、この「希望」に依つて、勇気を得、困難に堪へ忍ぶ事が出来るやうになつたといふ。それに較べて、この竜宮のお土産は、愛嬌も何もない。ただ、煙だ。さうして、たちまち三百歳のお爺さん
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