まの琴の音に聞き惚れ、生きてゐる花吹雪のやうな小魚たちの舞ひを眺めて暮してゐるのです。どうですか、竜宮は歌と舞ひと、美食と酒の国だと私はお誘ひする時にあなたに申し上げた筈ですが、どうですか、御想像と違ひましたか?」
 浦島は答へず、深刻な苦笑をした。
「わかつてゐますよ。あなたの御想像は、まあドンヂヤンドンヂヤンの大騒ぎで、大きなお皿に鯛のさしみやら鮪のさしみ、赤い着物を着た娘つ子の手踊り、さうしてやたらに金銀珊瑚綾錦のたぐひが、――」
「まさか、」と浦島もさすがに少し不愉快さうな顔になり、「私はそれほど卑俗な男ではありません。しかし、私は自分を孤独な男だと思つてゐた事などありましたが、ここへ来て真に孤独なお方にお目にかかり、私のいままでの気取つた生活が恥かしくてならないのです。」
「あのかたの事ですか?」と亀は小声で言つて無作法に乙姫のはうを顎でしやくり、「あのかたは、何も孤独ぢやありませんよ。平気なものです。野心があるから、孤独なんて事を気に病むので、他の世界の事なんかてんで問題にしてなかつたら、百年千年ひとりでゐたつて楽なものです。それこそ、れいの批評が気にならない者にとつてはね
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