の大群や火事だと思つて眺めるよりは、風流人の浦島にとつて、はるかに趣きがあり、郷愁をそそるに足るものがあつた。
 そのうちに、あたりは異様に暗くなり、ごうといふ凄じい音と共に烈風の如きものが押し寄せて来て、浦島はもう少しで亀の背中からころげ落ちるところであつた。
「ちよつとまた眼をつぶつて。」と亀は厳粛な口調で言ひ、「ここはちやうど、竜宮の入口になつてゐるのです。人間が海の底を探険しても、たいていここが海底のどんづまりだと見極めて引上げて行くのです。ここを越えて行くのは、人間では、あなたが最初で、また最後かも知れません。」
 くるりと亀はひつくりかへつたやうに、浦島には思はれた。ひつくりかへつたまま、つまり、腹を上にしたまま泳いで、さうして浦島は亀の甲羅にくつついて、宙返りを半分しかけたやうな形で、けれどもこぼれ落ちる事もなく、さかさにすつと亀と共に上の方へ進行するやうな、まことに妙な錯覚を感じたのである。
「眼をあいてごらん。」と亀に言はれた時には、しかし、もうそんな、さかさの感じは無く、当り前に亀の甲羅の上に坐つて、さうして、亀は下へ下へと泳いでゐる。
 あたりは、あけぼのの如き薄
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