。単なる塵芥かね。」
「間抜けだね、あなたは。見たらわかりさうなものだ。あれは、鯛の大群ぢやないか。」
「へえ? 微々たるものだね。あれでも二、三百匹はゐるんだらうね。」
「馬鹿だな。」と亀はせせら笑ひ、「本気で云つてゐるのか?」
「それぢやあ、二、三千か。」
「しつかりしてくれ。まづ、ざつと五、六百万。」
「五、六百万? おどかしちやいけない。」
亀はにやにや笑つて、
「あれは、鯛ぢやないんだ。海の火事だ。ひどい煙だ。あれだけの煙だと、さうさね、日本の国を二十ほど寄せ集めたくらゐの広大の場所が燃えてゐる。」
「嘘をつけ。海の中で火が燃えるもんか。」
「浅慮、浅慮。水の中だつて酸素があるんですからね。火の燃えないわけはない。」
「ごまかすな。それは無智な詭弁だ。冗談はさて置いて、いつたいあの、ゴミのやうなものは何だ。やつぱり、鯛かね? まさか、火事ぢやあるまい。」
「いや、火事だ。いつたい、あなた、陸の世界の無数の河川が昼夜をわかたず、海にそそぎ込んでも、それでも海の水が増しもせず減りもせず、いつも同じ量をちやんと保つて居られるのは、どういふわけか、考へてみた事がありますか。海のはう
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