色気があると見える。」と呟いて、幽かに苦笑する。
この時、突然、机上の小雀が人語を発した。
「あなたは、どうなの?」
お爺さんは格別おどろかず、
「おれか、おれは、さうさな、本当の事を言ふために生れて来た。」
「でも、あなたは何も言ひやしないぢやないの。」
「世の中の人は皆、嘘つきだから、話を交すのがいやになつたのさ。みんな、嘘ばつかりついてゐる。さうしてさらに恐ろしい事は、その自分の嘘にご自身お気附きになつてゐない。」
「それは怠け者の言ひのがれよ。ちよつと学問なんかすると、誰でもそんな工合に横着な気取り方をしてみたくなるものらしいのね。あなたは、なんにもしてやしないぢやないの。寝てゐて人を起こすなかれ、といふ諺があつたわよ。人の事など言へるがらぢや無いわ。」
「それもさうだが、」とお爺さんはあわてず、「しかし、おれのやうな男もあつていいのだ。おれは何もしてゐないやうに見えるだらうが、まんざら、さうでもない。おれでなくちや出来ない事もある。おれの生きてゐる間、おれの真価の発揮できる時機が来るかどうかわからぬが、しかし、その時が来たら、おれだつて大いに働く。その時までは、まあ、沈黙
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