たい石になつたといふ。恐怖といふよりは、不快感である。人の肉体よりも、人の心に害を加へる。このやうな魔物は、最も憎むべきものであり、かつまたすみやかに退治しなければならぬものである。それに較べると、日本の化物は単純で、さうして愛嬌がある。古寺の大入道や一本足の傘の化物などは、たいてい酒飲みの豪傑のために無邪気な舞ひをごらんに入れて以て豪傑の乙夜丑満の無聊を慰めてくれるだけのものである。また、絵本の鬼ヶ島の鬼たちも、図体ばかり大きくて、猿に鼻など引掻かれ、あつ! と言つてひつくりかへつて降参したりしてゐる。一向におそろしくも何とも無い。善良な性格のもののやうにさへ思はれる。それでは折角の鬼退治も、甚だ気抜けのした物語になるだらう。ここは、どうしてもメデウサの首以上の凄い、不愉快きはまる魔物を登場させなければならぬところだ。それでなければ読者の手に汗を握らせるわけにはいかぬ。また、征服者の桃太郎が、あまりに強くては、読者はかへつて鬼のはうを気の毒に思つたりなどして、その物語に危機一髪の醍醐味は湧いて出ない。ジイグフリイドほどの不死身《ふじみ》の大勇者でも、その肩先に一箇所の弱点を持つてゐた
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