顔をするくらゐが関の山であらうか。
さて兎は、その※[#「盧+鳥」、第3水準1−94−73]※[#「茲+鳥」、第3水準1−94−66]島の夕景をうつとり望見して、
「おお、いい景色。」と呟く。これは如何にも奇怪である。どんな極悪人でも、自分がこれから残虐の犯罪を行はうといふその直前に於いて、山水の美にうつとり見とれるほどの余裕なんて無いやうに思はれるが、しかし、この十六歳の美しい処女は、眼を細めて島の夕景を観賞してゐる。まことに無邪気と悪魔とは紙一重である。苦労を知らぬわがままな処女の、へどが出るやうな気障つたらしい姿態に対して、ああ青春は純真だ、なんて言つて垂涎してゐる男たちは、気をつけるがよい。その人たちの所謂「青春の純真」とかいふものは、しばしばこの兎の例に於けるが如く、その胸中に殺意と陶酔が隣合せて住んでゐても平然たる、何が何やらわからぬ官能のごちやまぜの乱舞である。危険この上ないビールの泡だ。皮膚感覚が倫理を覆つてゐる状態、これを低能あるいは悪魔といふ。ひところ世界中に流行したアメリカ映画、あれには、こんな所謂「純真」な雄や雌がたくさん出て来て、皮膚感触をもてあまして擽つた
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