して、さうして溜息ばかりついて、まるでそれこそ恋のやつこみたいです。みつともない。いいとしをしてさ。隠したつて駄目ですよ。私にはわかつてゐるのですから。いつたい、その娘は、どこに住んでゐるのです。まさか、藪の中ではないでせう。私はだまされませんよ。藪の中に、小さいお家があつて、そこにお人形みたいな可愛い娘さんがゐて、うつふ、そんな子供だましのやうな事を言つて、ごまかさうたつて駄目ですよ。もしそれが本当ならば、こんどいらした時にそのお土産の葛籠とかいふものでも一つ持つて来て見せて下さいな。出来ないでせう。どうせ、作りごとなんだから。その不思議な宿の大きい葛籠でも背負つて来て下さつたら、それを証拠に、私だつて本当にしないものでもないが、そんな稲の穂などを持つて来て、そのお人形さんの簪だなんて、よくもまあそのやうな、ばからしい出鱈目が言へたもんだ。男らしく、あつさり白状なさいよ。私だつて、わけのわからぬ女ではないつもりです。なんのお妾さんの一人や二人。」
「おれは、荷物はいやだ。」
「おや、さうですか。それでは、私が代りにまゐりませうか。どうですか。竹藪の入口で俯伏して居ればいいのでせう? 私がまゐりませう。それでも、いいのですか。あなたは困りませんか。」
「行くがいい。」
「まあ、図々しい。嘘にきまつてゐるのに、行くがいいなんて。それでは、本当に私は、やつてみますよ。いいのですか。」と言つて、お婆さんは意地悪さうに微笑む。
「どうやら、葛籠がほしいやうだね。」
「ええ、さうですとも、さうですとも、私はどうせ、慾張りですからね。そのお土産がほしいのですよ。それではこれからちよつと出掛けて、お土産の葛籠の中でも一ばん重い大きいやつを貰つて来ませう。おほほ。ばからしいが、行つて来ませう。私はあなたのその取り澄したみたいな顔つきが憎らしくて仕様が無いんです。いまにその贋聖者のつらの皮をひんむいてごらんにいれます。雪の上に俯伏して居れば雀のお宿に行けるなんて、あははは、馬鹿な事だが、でも、どれ、それではひとつお言葉に従つて、ちよつと行つてまゐりませうか。あとで、あれは嘘だなどと言つても、ききませんよ。」
 お婆さんは、乗りかかつた舟、お針の道具を片づけて庭へ下り、積雪を踏みわけて竹藪の中へはひる。
 それから、どのやうなことになつたか、筆者も知らない。
 たそがれ時、重い大きい葛籠を背負ひ、雪の上に俯伏したまま、お婆さんは冷たくなつてゐた。葛籠が重くて起き上れず、そのまま凍死したものと見える。さうして、葛籠の中には、燦然たる金貨が一ぱいつまつてゐたといふ。
 この金貨のおかげかどうか、お爺さんは、のち間もなく仕官して、やがて一国の宰相の地位にまで昇つたといふ。世人はこれを、雀大臣と呼んで、この出世も、かれの往年の雀に対する愛情の結実であるといふ工合ひに取沙汰したが、しかし、お爺さんは、そのやうなお世辞を聞く度毎に、幽かに苦笑して、「いや、女房のおかげです。あれには、苦労をかけました。」と言つたさうだ。



底本:「太宰治全集第七巻」筑摩書房
   1990(平成2)年6月27日初版第1刷発行
入力:八巻美惠
校正:高橋じゅんや
2000年1月13日公開
2004年2月23日修正
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