には大小の消火ポンプが並べられてありました。纏《まとい》もあります。なんだか心細くなって、それでも勇気を鼓舞して、股引ありますか、と尋ねたら、あります、と即座に答えて持って来たものは、紺の木綿の股引には、ちがい無いけれども、股引の両外側に太く消防のしるしの赤線が縦にずんと引かれていました。流石《さすが》にそれをはいて歩く勇気も無く、少年は淋しく股引をあきらめるより他なかったのです。
おのれの服装が理想どおりにならないと、きっと、やけくそになる悪癖を、この少年は持っていました。希望どおり紺の股引を求めることが、できなくなって、少年の小粋の服装も目立って、いけなくなりました。紺の腹掛、唐桟の単衣に角帯、麻裏草履、そのような服装をしていながら、白線の制帽をかぶって、まちを歩いたのは、一たい、どういう美学が教えた業でしょう。そんな異様の風俗のものは、どんな芝居にだって出て来ません。たしかに少年は、やけくそになっているとしか思えません。カシミヤの白手袋を、再び用いました。唐桟、角帯、紺の腹掛、白線の制帽、白手袋、もはや収拾つかないごたごたの満艦飾《まんかんしょく》です。そんな不思議な時代が、人
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