んこんいってき》の意気でありました。襟は、ぐっと小さく、全体を更に細めに華奢《きゃしゃ》に、胴のくびれは痛いほど、きゅっと締めて、その外套を着るときには、少年はひそかにシャツを一枚脱がなければならなかったのでした。この外套に対しては、誰もなんとも言いませんでした。友人たちも笑わず、ただ、へんに真面目なよそよそしい顔になって、そうしてすぐ顔をそむけました。少年も、その輝くほどの外套を着ながら、流石《さすが》に孤独|寂寥《せきりょう》の感に堪えかね、泣きべそかいてしまいました。お洒落ではあっても、心は弱い少年だったのです。とうとうその苦心の外套をも廃止して、中学時代からのボロボロのマントを、頭からすっぽりかぶって、喫茶店へ葡萄酒《ぶどうしゅ》飲みに出かけたりするようになりました。
 喫茶店で、葡萄酒飲んでいるうちは、よかったのですが、そのうちに割烹《かっぽう》店へ、のこのこはいっていって芸者と一緒に、ごはんを食べることなど覚えたのです。少年は、それを別段、わるいこととも思いませんでした。粋な、やくざなふるまいは、つねに最も高尚な趣味であると信じていました。城下まちの、古い静かな割烹店へ、二度、三度、ごはんを食べに行っているうちに、少年のお洒落の本能はまたもむっくり頭をもたげ、こんどは、それこそ大変なことになりました。芝居で見た「め組の喧嘩《けんか》」の鳶《とび》の者の服装して、割烹店の奥庭に面したお座敷で大あぐらかき、おう、ねえさん、きょうはめっぽう、きれえじゃねえか、などと言ってみたく、ワクワクしながら、その服装の準備にとりかかりました。紺《こん》の腹掛。あれは、すぐ手にはいりました。あの腹掛のドンブリに、古風な財布をいれて、こう懐手《ふところで》して歩くと、いっぱしの、やくざに見えます。角帯も買いました。締め上げると、きゅっと鳴る博多の帯です。唐桟《とうざん》の単衣《ひとえ》を一まい呉服屋さんにたのんで、こしらえてもらいました。鳶の者だか、ばくち打ちだか、お店《たな》ものだか、わけのわからぬ服装になってしまいました。統一が無いのです。とにかく、芝居に出て来る人物の印象を与えるような服装だったら、少年はそれで満足なのでした。初夏のころで、少年は素足に麻裏|草履《ぞうり》をはきました。そこまでは、よかったのですが、ふと少年は妙なことを考えました。それは股引《ももひき》に
前へ 次へ
全7ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング