たいな近い交際をしている場合、甚《はなは》だ微妙な、それこそ飛石伝いにひょいひょい飛んで、庭のやわらかな苔《こけ》を踏まないように気をつけるみたいな心遣いが必要なもので、正面切った所謂《いわゆる》井伏鱒二論は、私は永遠にしないつもりなのだ。出来ないのではなくて、しないのである。
 それゆえ、これから私が、この選集の全巻の解説をするに当っても、その個々の作品にまつわる私自身の追憶、或いは、井伏さんがその作品を製作していらっしゃるところに偶然私がお伺いして、その折の井伏さんの情景など記すにとどめるつもりであって、そのほうが高飛車に押しつける井伏論よりも、この選集の読者の素直な鑑賞をさまたげる事すくないのではないかと思われる。
 さて、選集のこの第一巻には、井伏さんのあの最初の短篇集「夜ふけと梅の花」の中の作品のほとんど全部を収録し、それから一つ「谷間」をいれた。「谷間」は、その「夜ふけと梅の花」には、はいっていないのであるが、ほぼ同時代の作品ではあり、かつまたページ数の都合もあって、この第一巻にいれて置いた。
 これらの作品はすべて、私自身にとっても思い出の深い作品ばかりであり、いまその目
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