――金牛星、
地の底にはまた大地を担《にな》う牛*もいるし、
さあ、理性の目を開き二頭の牛の
上下にいる驢馬《ろば》の一群を見るがよい。
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生きのなやみ
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16[#「16」は縦中横]
今日こそわが青春はめぐって来た!
酒をのもうよ、それがこの身の幸だ。
たとえ苦くても、君、とがめるな。
苦いのが道理、それが自分の命だ。
17[#「17」は縦中横]
思いどおりになったなら来はしなかった。
思いどおりになるものなら誰《た》が行くものか?
この荒家《あばらや》に来ず、行かず、住まずだったら、
ああ、それこそどんなによかったろうか!
18[#「18」は縦中横]
来ては行くだけでなんの甲斐《かい》があろう?
この玉の緒の切れ目はいったいどこであろう?
罪もなく輪廻《りんね》の環《わ》の中につながれ、
身を燃やして灰《はい》となる煙はどこであろう?
19[#「19」は縦中横]
ああ、空《むな》しくも齢《よわい》をかさねたものよ、
いまに大空の利鎌《とがま》が首を掻《か》くよ。
いたましや、助けてくれ、この命を、
のぞみ一つかなわずに消えてしまうよ!
(20)[#「(20)」は縦中横]
よい人と一生安らかにいたとて、
一生この世の栄耀《えよう》をつくしたとて、
所詮《しょせん》は旅出する身の上だもの、
すべて一場の夢さ、一生に何を見たとて。
21[#「21」は縦中横]
歓楽もやがて思い出と消えようもの、
古き好《よしみ》をつなぐに足るのは生《き》の酒のみだよ。
酒の器にかけた手をしっかりと離すまい、
お前が消えたって盃《さかずき》だけは残るよ!
22[#「22」は縦中横]
ああ、全く、休み場所でもあったらいいに、
この長旅に終点があったらいいに。
千万年をへたときに土の中から
草のように芽をふくのぞみがあったらいいに!
23[#「23」は縦中横]
二つ戸口のこの宿にいることの効果《しるし》は
心の痛みと命へのあきらめのみだ。
生の息吹《いぶ》きを知らない者が羨《うらや》ましい。
母から生まれなかった者こそ幸福だ!
(24)[#「(24)」は縦中横]
地を固め天のめぐりをはじめたお前は
なんという痛恨を哀れな胸にあたえたのか?
紅玉の唇《くちびる》や蘭麝《らんじゃ》の黒髪《くろかみ》をどれだけ
地の底の小筥《こばこ》に入れたのか?
25[#「25」は縦中横]
神のように宇宙が自由に出来たらよかったろうに、
そうしたらこんな宇宙は砕きすてたろうに。
何でも心のままになる自由な宇宙を
別に新しくつくり出したろうに。
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太初《はじめ》のさだめ
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26[#「26」は縦中横]
あることはみんな天《そら》の書に記されて、
人の所業《しわざ》を書き入れる筆もくたびれて*、
さだめは太初《はじめ》からすっかりさだまっているのに、
何になるかよ、悲しんだとてつとめたとて!
27[#「27」は縦中横]
まかせぬものは昼と命の短さ、
まかせぬものに心よせるな。
われも君も、人の掌《て》の中の蝋《ろう》に似《に》て、
思いのままに弄《もてあそ》ばれるばかりだ。
28[#「28」は縦中横]
嘆きのほかに何もない宇宙! お前は、
追い立てるのになぜ連れて来たのか?
まだ来ぬ旅人も酌《く》む酒の苦さを知ったら、
誰がこんな宿へなど来るものか!
29[#「29」は縦中横]
おお、七と四*の結果にすぎない者が、
七と四の中に始終《しじゅう》もだえているのか?
千度ならず言うように酒をのむがいい、
一度行ったら二度と帰らぬ旅路だ。
(30)[#「(30)」は縦中横]
土を型に入れてつくられた身なのだ、
あらましの罪けがれは土から来たのだ。
これ以上よくなれとて出来ない相談だ、
自分をこんな風につくった主が悪いのだ。
(31)[#「(31)」は縦中横]
礼堂《マスジッド》*のともしび、火殿《ケネシト》*のけむりがなんだ。
天国の報い、地獄の責めがなんだ。
見よ、天の書を、創世の主は
あることはみんな初発《はつ》の日に書いたんだ。
(32)[#「(32)」は縦中横]
宇宙の真理は不可知なのに、なあ、
そんなに心を労してなんの甲斐《かい》があるか?
身を天命にまかして心の悩みはすてよ、
ふりかかった筆のはこび*はどうせ避《さ》けられないや。
33[#「33」は縦中横]
天に声してわが耳もとに囁《ささや》くよう――
ひためぐるこのさだめを誰が知っていよう?
このめぐりが自由になるものなら、
われさきにその目まぐるしさを逃《のが》れたろう。
34[#「34」は縦中横]
善悪は人に生まれついた天性、
苦楽は各自あたえられた天命。
しかし天輪を恨《うら》むな、理性の目に見れば、
かれもまたわれらとあわれは同じ。
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万物流転《ばんぶつるてん》
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35[#「35」は縦中横]
若き日の絵巻は早も閉じてしまった、
命の春はいつのまにか暮れてしまった。
青春という命の季節は、いつ来て
いつ去るともなしに、過ぎてしまった。
36[#「36」は縦中横]
ああ、掌中《しょうちゅう》の珠《たま》も砕けて散ったか。
血まみれの肺腑《はいふ》は落ちた、死魔の足下。
あの世から帰った人はなし、きく由《よし》もない――
世の旅人はどこへ行ったか、どうなったか?
37[#「37」は縦中横]
幼い頃には師について学んだもの、
長じては自ら学識を誇ったもの。
だが今にして胸に宿る辞世の言葉は――
水のごとくも来たり、風のごとくも去る身よ!
38[#「38」は縦中横]
同心の友はみな別れて去った、
死の枕べにつぎつぎ倒れていった。
命の宴《うたげ》に酒盛りをしていたが、
ひと足さきに酔魔のとりことなった。
39[#「39」は縦中横]
天輪よ、滅亡はお前の憎しみ、
無情はお前|日頃《ひごろ》のつとめ。
地軸よ、地軸よ、お前のふところの中にこそは
かぎりなくも秘められている尊い宝*!
40[#「40」は縦中横]
日のめぐりは博士の思いどおりにならない、
天宮など七つとも八つとも数えるがいい。
どうせ死ぬ命だし、一切の望みは失せる、
塚蟻《つかあり》にでも野の狼《おおかみ》にでも食われるがいい。
41[#「41」は縦中横]
一滴の水だったものは海に注ぐ。
一握の塵《ちり》だったものは土にかえる。
この世に来てまた立ち去るお前の姿は
一匹の蠅《はえ》――風とともに来て風とともに去る。
(42)[#「(42)」は縦中横]
この幻の影が何であるかと言ったっても、
真相をそう簡単にはつくされぬ。
水面に現われた泡沫《ほうまつ》のような形相は、
やがてまた水底へ行方《ゆくえ》も知れず没する。
43[#「43」は縦中横]
知は酒盃《しゅはい》をほめたたえてやまず、
愛は百度もその額《ひたい》に口づける。
だのに無情の陶器師《すえし》は自らの手で焼いた
妙《たえ》なる器を再び地上に投げつける。
44[#「44」は縦中横]
せっかく立派な形に出来た酒盃なら、
毀《こわ》すのをどこの酒のみが承知するものか?
形よい掌《て》をつくってはまた毀すのは
誰のご機嫌《きげん》とりで誰への嫉妬《しっと》やら?
45[#「45」は縦中横]
時はお前のため花の装《よそお》いをこらしているのに、
道学者などの言うことなどに耳を傾けるものでない。
この野辺《のべ》を人はかぎりなく通って行く、
摘むべき花は早く摘むがよい、身を摘まれぬうちに。
46[#「46」は縦中横]
この永遠の旅路を人はただ歩み去るばかり、
帰って来て謎《なぞ》をあかしてくれる人はない。
気をつけてこのはたごやに忘れものをするな、
出て行ったが最後二度と再び帰っては来れない。
47[#「47」は縦中横]
酒をのめ、土の下には友もなく、またつれもない、
眠るばかりで、そこに一滴の酒もない。
気をつけて、気をつけて、この秘密 人には言うな――
チューリップひとたび萎《しぼ》めば開かない。
(48)[#「(48)」は縦中横]
われは酒屋に一人の翁《おきな》を見た。
先客の噂《うわさ》をたずねたら彼は言った――
酒をのめ、みんな行ったきりで、
一人として帰っては来なかった。
49[#「49」は縦中横]
幾山川を越えて来たこの旅路であった、
どこの地平のはてまでもめぐりめぐった。
だが、向うから誰一人来るのに会わず、
道はただ行く道、帰る旅人を見なかった。
50[#「50」は縦中横]
われらは人形で人形使いは天さ。
それは比喩《ひゆ》ではなくて現実なんだ。
この席で一くさり演技《わざ》をすませば、
一つずつ無の手筥《てばこ》に入れられるのさ。
51[#「51」は縦中横]
われらの後にも世は永遠につづくよ、ああ!
われらは影も形もなく消えるよ、ああ!
来なかったとてなんの不足があろう?
行くからとてなんの変りもないよ、ああ!
52[#「52」は縦中横]
土の褥《しとね》の上に横《よこた》わっている者、
大地の底にかくれて見えない者。
虚無の荒野をそぞろ見わたせば、
そこにはまだ来ない者と行った者だけだよ。
53[#「53」は縦中横]
人呼んで世界と言う古びた宿場は、
昼と夜との二色の休み場所だ。
ジャムシード*らの後裔《こうえい》はうたげに興じ、
バ※[#小書き片仮名ハ、1−6−83]ラーム*らはまた墓に眠るのだ。
54[#「54」は縦中横]
バ※[#小書き片仮名ハ、1−6−83]ラームが酒盃を手にした宮居《みやい》は
狐《きつね》の巣、鹿《しか》のすみかとなりはてた。
命のかぎり野驢を射たバ※[#小書き片仮名ハ、1−6−83]ラームも、
野驢に踏みしだかれる身とはてた。
55[#「55」は縦中横]
廃墟と化した城壁に烏《からす》がとまり、
爪の間にケイカーウス*の頭《こうべ》をはさみ、
ああ、ああと、声ひとしきり上げてなく――
鈴の音*も、太鼓《たいこ》のひびきも、今はどこに?
56[#「56」は縦中横]
天に聳《そび》えて宮殿は立っていた。
ああ、そのむかし帝王が出御《しゅつぎょ》の玉座、
名残りの円蓋《えんがい》で数珠《じゅず》かけ鳩《ばと》が、
何処《クークー》、何処《クークー》とばかり啼《な》いていた。
[#改丁]
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無常の車
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57[#「57」は縦中横]
君も、われも、やがて身と魂が分れよう。
塚《つか》の上には一|基《もと》ずつの瓦《かわら》が立とう。
そしてまたわれらの骨が朽《く》ちたころ、
その土で新しい塚の瓦が焼かれよう。
(58)[#「(58)」は縦中横]
地の表にある一塊の土だっても、
かつては輝く日の面《おも》、星の額《ひたい》であったろう。
袖《そで》の上の埃《ほこり》を払うにも静かにしよう、
それとても花の乙女《おとめ》の変え姿よ。
59[#「59」は縦中横]
人情《こころ》知る老人よ、早く行って、
土ふるいの小童の手を戒めてやれ、
パルヴィーズ*の目やケイコバード*の頭を
なぜああ手あらにふるうのかえ!
60[#「60」は縦中横]
朝風に薔薇《ばら》の蕾《つぼみ》はほころび、
鶯《うぐいす》も花の色香に酔《よ》い心地《ごこち》。
お前もしばしその下蔭で憩えよ。
そら、花は土から咲いて土に散る。
61[#「61」は縦中横]
雲は垂れて草の葉末に涙ふる、
花の酒がなくてどうして生きておれる?
今日わが目をなぐさめるあの若草が
明日はまたわが身に生えて誰が見る?
62[#「62」は縦中横]
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