胸に吸い込む息が
出て来るものかどうか、誰に判ろう?
138[#「138」は縦中横]
仰向《あおむ》けにねて胸に両手を合わさぬうち*、
はこぶなよ、たのしみの足を悲しみへ。
夜のあけぬまに起きてこの世の息を吸え、
夜はくりかえしあけても、息はつづくまい。
139[#「139」は縦中横]
永遠の命ほしさにむさぼるごとく
冷い土器《かわらけ》に唇《くち》触れてみる。
土器《かわらけ》は唇《くち》かえし、謎《なぞ》の言葉で――
酒をのめ、二度とかえらぬ世の中だと。
140[#「140」は縦中横]
さあ、ハイヤームよ、酒に酔って、
チューリップのような美女によろこべ。
世の終局は虚無に帰する。
よろこべ、ない筈《はず》のものがあると思って。
141[#「141」は縦中横]
もうわずらわしい学問はすてよう、
白髪の身のなぐさめに酒をのもう。
つみ重ねて来た七十の齢《よわい》の盃《つき》を
今この瞬間《とき》でなくいつの日にたのしみ得よう?
142[#「142」は縦中横]
めぐる宇宙は廃物となったわれらの体躯《からだ》、
ジェイホンの流れ*は人々の涙の跡、
地獄というのは甲斐《かい》もない悩みの火で、
極楽はこころよく過ごした一瞬《ひととき》。
143[#「143」は縦中横]
いつまで一生をうぬぼれておれよう、
有る無しの論議になどふけっておれよう?
酒をのめ、こう悲しみの多い人生は
眠るか酔うかしてすごしたがよかろう!
[#改ページ]
註
番号
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4 知者――全智の神。
6 水の上に瓦を積む――意味のない妄想にふけること。
12[#「12」は縦中横] 「世の燈明」――神学者に奉《たてまつ》られた尊号。
13[#「13」は縦中横] 酒姫――酒の酌《しゃく》をする侍者《じしゃ》。それは普通は女でなくて紅顔の美少年で、よく同性愛の対象とされた。
15[#「15」は縦中横] 大地を担う牛――イラン人は地球は円いものではなく、大海の中の大魚の上に跨《またが》る大牛の背中にのっているものと考えていた。そして太陽は地球の周囲を廻転するものと考えられていた。
26[#「26」は縦中横] 人の所業を書き入れる筆もくたびれて――イスラム教徒の信仰によると、創世の日に神の筆がすべての天命を神の書に記入し、また日ごろ人間の善業悪業をもいちいち記入して裁きの日に備えるといわれている。
29[#「29」は縦中横] 七と四――七天と四元素。
31[#「31」は縦中横] 礼堂――イスラム教徒の礼拝の場所。
〃 火殿――拝火教の聖火奉安所。
32[#「32」は縦中横] 筆のはこび――宿命。
39[#「39」は縦中横] 尊い宝――宝石とそして尊い人の骨と。
53[#「53」は縦中横] ジャムシード――詩人フェルドゥシイの集成したイランの国民史詩『シャーナーメ』に伝わる帝王の名。「ジャムシード」は「日の王」を意味する。
〃 バ※[#小書き片仮名ハ、1−6−83]ラーム――ササン王朝(二二六−六四二年)のバ※[#小書き片仮名ハ、1−6−83]ラーム五世のこと。在位は四二〇−四三八年。夫人を伴って野驢《グール》を狩りしたことで有名。バ※[#小書き片仮名ハ、1−6−83]ラーム・グールと綽名《あだな》された。
55[#「55」は縦中横] ケイカーウス――神話時代のイランの第二王朝であるケイアニイ朝第二世の帝王で、太祖ケイコバードの子。
〃 鈴の音――古代イランでは、帝王の出御《しゅつぎょ》するときに鈴を振り、太鼓《たいこ》を鳴らす習慣があった。
59[#「59」は縦中横] パルヴィーズ――ササン王朝の帝王ホスロウ・パルヴィーズ(五九〇−六二八年)。
〃 ケイコバード――神話時代のイランの第二王朝ケイアニイ朝を開いた。
62[#「62」は縦中横] 新春――イランには古くから一種の太陽暦が行われ、春分の日、すなわち春の彼岸が一年のはじめとなっている。この日は新年としてまた春の祭として祝われる。
66[#「66」は縦中横] めぐる車――天体の運行を陶器師のろくろにたとえたもの。
68[#「68」は縦中横] けがれ――イスラム教は酒をけがれあるものとして禁じている。
70[#「70」は縦中横] ファレイドゥーン――かつてのピシダーデイ王朝の末裔《まつえい》としてイランを再興したと伝えられる勇士。
〃 ケイホスロウ――ケイアニイ王朝中興の英主。
74[#「74」は縦中横] マギイ――拝火教の司祭。イスラム教以前のイランの宗教は拝火教であった。しかしそれはイスラム教徒にイランが征服されてから後は邪教として擯斥《ひんせき》された。
75[#「75」は縦中横] 久遠の花嫁――自然、人生。
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