利休が自己犠牲をすることに定められた日に、彼はおもなる門人を最後の茶の湯に招いた。客は悲しげに定刻待合に集まった。庭径をながむれば樹木も戦慄《せんりつ》するように思われ、木の葉のさらさらとそよぐ音にも、家なき亡者《もうじゃ》の私語が聞こえる。地獄の門前にいるまじめくさった番兵のように、灰色の燈籠《とうろう》が立っている。珍香の香が一時に茶室から浮動して来る。それは客にはいれとつげる招きである。一人ずつ進み出ておのおのその席につく。床の間には掛け物がかかっている、それは昔ある僧の手になった不思議な書であって浮世のはかなさをかいたものである。火鉢《ひばち》にかかって沸いている茶釜《ちゃがま》の音には、ゆく夏を惜しみ悲痛な思いを鳴いている蝉《せみ》の声がする。やがて主人が室に入る。おのおの順次に茶をすすめられ、順次に黙々としてこれを飲みほして、最後に主人が飲む。定式に従って、主賓がそこでお茶器拝見を願う。利休は例の掛け物とともにいろいろな品を客の前におく。皆の者がその美しさをたたえて後、利休はその器を一つずつ一座の者へ形見として贈る。茶わんのみは自分でとっておく。「不幸の人のくちびるによ
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