丸煮の鍋に白い腹を出してるのを見て、俄《にわか》にげんなりしてしまい、嫌々むしって喰べる連中、近来は大分多くなったと、内々嗤ってる手あいがある。
 浅蜊は澄まし汁最もよく、豆腐にあしらったも悪くはない。されど宵越しのを勿体ながって避病院へ送られぬが肝要。まさか江戸ッ児はそんな意地汚しもしまいとは思うが、すべてはさッぱりと……オオさッぱりといえば、これの塩むしもいいものだ。
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 丑べに



 紅というもの、若い女の唇に少しばかりものしたが、かえって愛でたく、上瞼に薄っすら刷いたも風情のあるものだ。
 この紅、土用と寒の丑の日に刷かすをよしとして、当日は小間物やが店先に「本日うし」と筆太に記されたビラの掲げらるるを例とするが、寒中の丑の日に刷いたは、切り傷、皮膚のあれによろしく、土用なるは毒けし、虫よけに用いる。
 されば創傷唇のあれに寒べに附けたるを見る如く、夏の手料理にこの色ざしを好み、手足の爪に丑べにをさすこと、今も年よりの心する家の子供には、屡次《しばしば》これを見ることである。
 丑べにで思出したは、この頃でも時々、この日の紅買いに土製木彫りなんどの臥牛を景物と
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