カラカラと高笑いする空に真鯉、緋鯉、吹流しの翻るも勇ましく、神功皇后、武内大臣の立幟、中にも鍾馗《しょうき》の剣を提げて天の一方を望めるは如何にも男らしい。――五月の鯉の吹流し、口ばッかりではらわたはなしなぞ嘲りはするが、彼の大空に嘯くの概は、憚《はばか》んながら江戸ッ児の本性をあらわして遺憾なきものだ。
ただ恨むらくは頃者《けいしゃ》内幟の流行打ち続いて見渡す空に矢車の響き賑わず、江戸ッ児の向上心を吾から引っ込み思案にしてしまう人の多いことで、吾儕は寧ろ柏餅も鱈腹喰うべし、※[#「椶」の「木」に代えて「米」、62−10]《ちまき》もウンと頬張った上で、菖蒲酒の酔いもまわらば、菖蒲太刀とりどりに那辺までも江戸ッ児の元気を失わぬ覚悟が肝要だと思う。
また菖蒲湯というもの、これも残されたる江戸趣味の一つで、無雑作に投げ入れた菖蒲葉の青々とした若やかな匂い、浴しおえて出で来る吾も人も、手拭に残るその香を愛ずれば、湯の気たちのぼる四肢五体より、淡々しく鼻にまつわりこす同じ匂い、かくては骨の髄までも深く深く沁み入ったように覚えて、その爽やかさ心地よさ、東男の血の貴さは、こうして生立つからでも
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