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 定斎と小使銭



 江戸ッ児に定斎と小使銭とはいつもないことに言われておるが、実際江戸ッ児は定斎と小使銭を持合せたことがない。
 定斎の持合せがないのは、それだけによくこの薬を常用するがためで、凡そ腹痛下痢はさらなり、頭痛、眩暈《めまい》、何ぞというと必ず定斎を用ゆる。
 彼の炎天に青貝入りの薬箱を担ぎ、抽斗《ひきだし》の鐶の歩むたびに鳴るを呼び売りのしるしとする定斎やは、今も佐竹の原にその担い方の練習をして年々に市中をまわるもの尠からず、昔時は照りつける中を笠一つ被らず、定斎の利目はかくても霍乱《かくらん》にならぬとてそれで通したものだが、今は蝙蝠傘に定斎と記されたをさして、担いゆく男に附添うたるが、「え、定斎でござい。え、定斎でござい」と戸毎に小腰を屈めてゆく、今でも御維新前の老人ある家では必ずこれを買いもとめて、絶やさぬようと家人に注意さしておく。
 この定斎、それほどに利くか利かぬかは姑《しばら》く問題の外として、かくも江戸ッ児に調法がられるこの持薬で、三百年来事欠かなんだ吾儕の祖先をおもうと、その健康、その体力、恐らくはかれら気で気を医し、むつかしく言えば所謂精神療法の一助として、不知不識《しらずしらず》にこの定斎を用い来たったのであろう。
 故にかれらは己の病いにもこれを応用し、兼ねては人にもよく頒つがため、いつもその持合なき時が多く、小使銭に至っては宵越しさせぬというだけに、いつとても懐にあった例がないのだ。
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 青簾



 新築の二階家若葉の梢を凌いで聳え、葺きたての瓦美しと仰ぎ見る欄干のあなた、きのう今日掲げたと思わるる青簾のスラリと垂れて、その中より物の音静かに聞え初むる、なかなかに風情の深きものである。
 吾れ人の家の夏は、青簾かけそめて初めて趣致を添え、涼意自ら襟懐を滌《すす》ぐばかり。然れば五月の夜々の縁日には、早くも青簾売る店の一つならず、二つ三つと一晩の中に見かくること稀らしからず。さてそれらを購い来て軒近く掲ぐるに、古くさい九尺二間の陋屋にもどこかに見らるるふしの出で来て、都の家々一[#(ト)]時はいずれも新しくなるが嬉しい。
 人の子の綿入を袷に脱ぎかえて、更衣の新たなるを欣ぶこころは、家に青簾掲げて棲心地の改まると同じく、別けても山の手は近郊に接するほど、簾かかげて時鳥《ホトトギス》待つの楽しみもあり
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