を畑《はた》へ駈出して慥《たし》か二三発も撃たかと思う頃、忽ちワッという鬨《とき》の声が一段高く聞えて、皆一斉に走出す、皆走出す中で、俺はソノ……旧《もと》の処に居る。ハテなと思た。それよりも更《もッ》と不思議なは、忽然として万籟《ばんらい》死して鯨波《ときのこえ》もしなければ、銃声も聞えず、音という音は皆消失せて、唯何やら前面《むこう》が蒼いと思たのは、大方空であったのだろう。頓《やが》て其蒼いのも朦朧《もやもや》となって了った……

 どうも変さな、何でも伏臥《うつぶし》になって居るらしいのだがな、眼に遮《さえ》ぎるものと云っては、唯|掌大《しょうだい》の地面ばかり。小草《おぐさ》が数本《すほん》に、その一本を伝わって倒《さかしま》に這降《はいお》りる蟻に、去年の枯草《かれぐさ》のこれが筐《かたみ》とも見える芥《あくた》一摘《ひとつま》みほど――これが其時の眼中の小天地さ。それをば片一方の眼で視ているので、片一方のは何か堅い、木の枝に違いないがな、それに圧《お》されて、そのまた枝に頭が上《の》っていようと云うものだから、ひどく工合がわるい。身動《みうごき》を仕《し》たくも、不思議なるかな、些《ちッ》とも出来んわい。其儘で暫く経《た》つ。竈馬《こおろぎ》の啼《な》く音《ね》、蜂の唸声《うなりごえ》の外には何も聞えん。少焉《しばらく》あって、一しきり藻掻《もが》いて、体の下になった右手をやッと脱《はず》して、両の腕《かいな》で体を支えながら起上ろうとしてみたが、何がさて鑽《きり》で揉むような痛みが膝から胸、頭《かしら》へと貫くように衝上《つきあ》げて来て、俺はまた倒れた。また真の闇の跡先《あとさき》なしさ。

 ふッと眼が覚めると、薄暗い空に星影が隠々《ちらちら》と見える。はてな、これは天幕《てんと》の内ではない、何で俺は此様《こん》な処へ出て来たのかと身動《みうごき》をしてみると、足の痛さは骨に応《こた》えるほど!
 何《なに》さまこれは負傷したのに相違ないが、それにしても重傷《おもで》か擦創《かすり》かと、傷所《いたみしょ》へ手を遣《や》ってみれば、右も左もべッとりとした血《のり》。触《ふれ》れば益々痛むのだが、その痛さが齲歯《むしば》が痛むように間断《しッきり》なくキリキリと腹《はらわた》を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》られるようで、耳
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