りと手足を浮かして泳いでた。
 何の條件もなしに無造作に與へるといふ、この快活な赤ン坊を見てゐると、知らず知らず、私は桃太郎のお婆さんのやうな悦びを感じずにはゐられなくなつた。
 赤ン坊もその母親のやうに、中高なはつきりとした顋をしてゐた。
 然し……どういふ運命の子、どういふ遺傳を背負つてる、どういふ性格……段々赤ン坊の顏を見てゐる中に、黒雲のやうなものが私の心に襲來してくる。
 そして赤ン坊が何か急に、暗い大きい背景の中から浮かみ出してる魔物のやうに感じられても來るのだつた。
 またその赤ン坊の生命の中から流れる暖いものが、永遠に向つて蔓草のやうに根を張つてゆくだろう事を思ふと、私はひやりと手をひつこめて、何か非常な冷酷な事を敢てするやうに、
『さようなら。』と其處を見棄てた。
 けれど私はそれから幾日經つても[#「經つても」は底本では「經つてに」]何處までいつても、
『これ今にくれつちやうんです。』さういつて私を見た婦人の瞳が壁虎のやうに、私の背中に啖ひついてゐるやうな氣がしてならない、おそらくは今日までも――。



底本:「文藝戦線10月号」文藝戦線社
   1925(大正14)年10月1日発行
入力:林幸雄
校正:大野裕
2001年1月11日公開
2010年5月4日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若杉 鳥子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング