ど同じ事が繰り返してある。
一つ一つ開いてゐる中に、どさりと中から疊の上に落ちたものがある、長さ三寸ばかりの長方形の鏡だつた。
枠がとれて、水銀が處々剥げてこわれた壁畫のやうに黄色く平板に物の象を映してゐた。
――私は、何故とも知れぬある衝撃をうけた。手紙の一節を私は讀んで見ると、
「この前、大雪が降りましたらう。あの日でございます、覺悟をしたのは。就きましてあなたに何や彼とお世話になりましたから、何か形見を差し上げたいと存じましたが、たゞ今私の持つてゐるものとては、着換の肌着もございません始末です。あの此の鏡だけは、若い時から大切に身につけて來ました品でございますから……」
私は此處まで讀んで何故とも解らない嫌惡を感じた。自分に纒はつてくる、他人の暗影を拂い除けよう除けようとあせりながら、しかも自分まで引き摺りこまれてゆく、他人なのか自分なのか、その影は無數に絡みあひ縺れあつて擴大してゆく。また一方には溺れようとする者の掴みかゝる一握の藁、丁度またそれ程のものでしかない私を、差し出した無數の手が冷笑してゐた――僞善者ざまあ見ろ!と。
古着屋と米屋の路地の左側の長屋の奥に私は一軒の家を尋ねあてた。
玄關と並んで開け放たれた臺所の上り口には、家族が多いと見えて、午飯《ひる》の食器の汚れものがずらりと置き並べてあつた。
二三度聲をかけると、中から四十餘りの女が出て來た。何處か面ざしがお房さんに似てゐた。女は辯解的な口調で、警戒と探索の眼を私の胸もとに閃めかせながらいつた。
「全く姉には困り果てましてねえ――姉は何處か遠方へゆくとか、二三年前から申して居りましたが、いゝえあなた、皆でとめたのでございますよ、どうしてとめた位できくやうな姉の氣象ではござんせんからね。好いやうにさせたがいゝと思つていますとあなた、十日許り前に出たつきり、姉からは何ともいつて參りません。多分あなたさまの處にでも御厄介になつてる事と思つてゐたんでございますの……」
それからお房さんの妹は冷然と他人の事のやうにいつた。
「それにあなた商賣をした者は、年を老つても何となしにその癖が脱けませんですね、年寄りの癖にあの媚態《しな》が厭らしいつて、息子達が嫌ふんでございますよ」
お房さんのその妹の最後の言葉が、私に始めて、全く身の置き所のない彼女であつたといふことを、ほんとに知らしめた。
それから半年ばかり經つたある日、買物の包み紙になつてゐた、餘り有名でない日刊新聞の社會面の下の方に、街の出來事といふ欄を發見した。老女の自殺といふ四行ばかりの記事であつた。
三十日午前五時谷中天王寺町四五淨光院殿内墓標裏に、年齡五十歳位頭髮五分刈の女の屍體發見さる檢視の結果自殺と判明す身元不詳。
頭髮五分刈といふ活字が鋭く私の胸を刺した。暇ごひに來た時のお房さんの姿が眼に泛んで來て、消さうとしても消えない。一生放れないものゝやうに纒はりついてくる。
だが、日が經つにつれて、新聞の雜報欄等を煩はさない自殺者が日々に幾らあるか知れないのに、たまたま新聞に載つたそれが、必ずしも彼女だと斷定することはできないやうに思はれて來た。
そして今では、坊主頭のお房さんの姿も、生活に押し流されて行つた自殺者の大群と一緒にしか考へられなくなつた。
鏡は、上を向いたまゝ茶棚の隅に、白い埃に掩はれてゐる。
底本:「帰郷」小山書店
1938(昭和13)年9月20日初版発行
1938(昭和13)年9月15日北川武之輔印刷
底本の親本:月刊誌「女人芸術」8月号
1928(昭和3)年8月1日女人芸術社発行
入力:林幸雄
校正:大野裕
2000年12月31日公開
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