それから半年ばかり經つたある日、買物の包み紙になつてゐた、餘り有名でない日刊新聞の社會面の下の方に、街の出來事といふ欄を發見した。老女の自殺といふ四行ばかりの記事であつた。
 三十日午前五時谷中天王寺町四五淨光院殿内墓標裏に、年齡五十歳位頭髮五分刈の女の屍體發見さる檢視の結果自殺と判明す身元不詳。
 頭髮五分刈といふ活字が鋭く私の胸を刺した。暇ごひに來た時のお房さんの姿が眼に泛んで來て、消さうとしても消えない。一生放れないものゝやうに纒はりついてくる。
 だが、日が經つにつれて、新聞の雜報欄等を煩はさない自殺者が日々に幾らあるか知れないのに、たまたま新聞に載つたそれが、必ずしも彼女だと斷定することはできないやうに思はれて來た。
 そして今では、坊主頭のお房さんの姿も、生活に押し流されて行つた自殺者の大群と一緒にしか考へられなくなつた。
 鏡は、上を向いたまゝ茶棚の隅に、白い埃に掩はれてゐる。



底本:「帰郷」小山書店
   1938(昭和13)年9月20日初版発行
   1938(昭和13)年9月15日北川武之輔印刷
底本の親本:月刊誌「女人芸術」8月号
   1928(昭和3)年8月1日女人芸術社発行
入力:林幸雄
校正:大野裕
2000年12月31日公開
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