してしまえば、どうせけちんぼで欲《よく》ばりの和尚《おしょう》さんのことだから、みんな自分《じぶん》で食《た》べてしまって、一つもくれないにきまっている。よしよし、ちょうどいい、ねむけざましに食《た》べてやれ。」
 と、こう独《ひと》り言《ごと》をいいながら、ふろしき包《づつ》みをほどくと、大きなお重箱《じゅうばこ》にいっぱい、おいしそうなお団子《だんご》がつまっていました。小僧《こぞう》はにこにこしながら、お団子《だんご》をほおばって、もう一つ、もう一つと、食《た》べるうちに、とうとうお重箱《じゅうばこ》にいっぱいのお団子《だんご》を、きれいに食《た》べてしまいました。食《た》べてしまって、小僧《こぞう》ははじめて気《き》がついたように、
「ああ、しまった。和尚《おしょう》さんが帰《かえ》って来《き》たらどうしよう。」
 と、困《こま》ってべそをかきました。するうち、ふと何《なに》か思《おも》いついたとみえて、いきなりお重箱《じゅうばこ》をかかえて、本堂《ほんどう》へ駆《か》け出《だ》して行きました。そして御本尊《ごほんぞん》の阿弥陀《あみだ》さまのお口のまわりに、重箱《じゅうばこ》のふちにたまったあんこを、指《ゆび》でかきよせては、こてこてとぬりつけました。そして重箱《じゅうばこ》を阿弥陀《あみだ》さまの前《まえ》に置《お》いて、部屋《へや》に帰《かえ》って来《き》て、知《し》らん顔《かお》をしてお経《きょう》を読《よ》んでいました。
 しばらくすると、和尚《おしょう》さんは帰《かえ》って来《き》て、小僧《こぞう》に、
「留守《るす》にだれも来《こ》なかったか。」
 とたずねました。
「お隣《となり》のおばあさんが、お重箱《じゅうばこ》を持《も》って来《き》ました。おひがんだから和尚《おしょう》さんに上《あ》げて下《くだ》さいといいました。」
 と、小僧《こぞう》は答《こた》えました。
「その重箱《じゅうばこ》はどこにある。」
「本堂《ほんどう》の御本尊《ごほんぞん》さまの前《まえ》に上《あ》げて置《お》きました。」
「うん、それはなかなか気《き》が利《き》いている。どれ、どれ。」
 といいながら、和尚《おしょう》さんは本堂《ほんどう》へ行ってみますと、なるほど重箱《じゅうばこ》がうやうやしく、御本尊《ごほんぞん》の前《まえ》に上《あ》がっていましたが、あけてみると、中はきれいにからになっていました。
「これこれ、小僧《こぞう》。きさまが食《た》べたのだな。」
 と、和尚《おしょう》さんは大きな声《こえ》でどなりつけました。すると小僧《こぞう》はすまして、のこのこやって来《き》て、
「へええ、とんでもない、そんなことがあるものですか。」
 といいながら、そこらをきょろきょろ見《み》まわして、
「ああ、わかりました。御本尊《ごほんぞん》の金仏《かなぶつ》さまが上《あ》がったのです。ほら、あのとおりお口のはたに、あんこがいっぱいついています。」
 と、こういうと、和尚《おしょう》さんはそれを見《み》て、
「なるほどあんこがついている。お行儀《ぎょうぎ》のわるい金仏《かなぶつ》さまもあればあったものだ。」
 といいながら、おこって手に持《も》っていた払子《ほっす》で、金仏《かなぶつ》さまの頭《あたま》を一つくらわせました。すると「くわん、くわん。」と金仏《かなぶつ》さまは鳴《な》りました。
「なに、くわんことがあるものか。」
 と、またおこって二|度《ど》つづけざまにたたきますと、また「くわん、くわん。」と鳴《な》りました。
 そこで和尚《おしょう》さんは、また小僧《こぞう》の方《ほう》を振《ふ》り返《かえ》ってみて、
「それ見《み》ろ、金仏《かなぶつ》さまはいくらたたいても、くわん、くわんというぞ。やはりきさまが食《た》べたにちがいない。」
 すると小僧《こぞう》は困《こま》った顔《かお》をして、
「たたいたぐらいでは白状《はくじょう》しませんよ。釜《かま》うでにしておやんなさい。」
 といいました。そこで大きなお釜《かま》にいっぱいお湯《ゆ》を沸《わ》かして、金仏《かなぶつ》さまをほうり込《こ》みました。すると間《ま》もなく、お湯《ゆう》[#ルビの「ゆう」はママ]がぐらぐらにたぎってきて、
「くった、くった、くった。」
 といいました。
「そらごらんなさい、和尚《おしょう》さん。とうとう白状《はくじょう》しましたよ。」
 と、小僧《こぞう》さんはとくいらしくいいました。



底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年4月10日第1刷発行
入力:鈴木厚司
校正:大久保ゆう
2003年8月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.
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