りっぱな金かんむりをたかくささげながら「どうぞ、わたくしからこのかんむりをおとりあげください、そのかわり、夫にも、家来たちにも、どうぞお薬をぬっていただけますように。」といのりました。そうきいて、この人形芝居の親方は、きのどくに、人形たちが、ふびんでふびんでついいっしょに泣きだしました。親方はそこで、旅なかまにたのんで、あすの晩の興行《こうぎょう》のあがりをのこらずさしあげます。どうぞ、せめて四つでも五つでも、なかできりょうよしな人形にだけでも、こうやくを塗ってやってはもらえますまいかと、くれぐれたのみました。ところで、旅なかまは、ほかのものは一切《いっさい》いらない、わたしのほしいのは、そのおまえさんの腰につるしている剱だけだといいました。そうして、剱を手に入れると、六つの人形のこらずにこうやくをぬってやりました。すると人形たちは、さっそくおどりだしました。しかもその踊のうまいこと、そこにみていたむすめたちが、生きている人間のむすめたちのこらずが、すぐといっしょにおどりださずにはいられないくらいでした。するうち、御者と料理番のむすめも、つながっておどりだしました。給仕人もへや女中も、おどりだしました。お客たちも、いっしょにおどりだしました。とうとう十能《じゅうのう》と火ばしまでが、組になっておどりだしました。でも、このひと組は、はじめひとはねはねると、すぐところんでしまいました。いやもう、ひと晩じゅう、にぎやかで、たのしかったことといったら。
 つぎの朝、ヨハンネスは旅なかまとつれ立って、みんなからわかれて行きました。高い山にかかって、大きなもみの林を通っていきました。山道をずんずんのぼるうちに、いつかお寺の塔が、ずっと目のしたになって、おしまいにはそれが、いちめんみどりのなかにぽっつりとただひとつ、赤いいちごの実をおいたようにみえました。もうなん里もなん里もさきの、ついいったことの[#「ことの」は底本では「ことのの」]ない遠方までがみはらせました。――このすばらしい世界に、こんなにもいろいろとうつくしいものを、いちどに見るなんということを、ヨハンネスは、これまでに知りませんでした。お日さまは、さわやかに晴れた青空の上からあたたかく照りかがやいて、峰と峰とのあいだから、りょうしの吹く角笛《つのぶえ》が、いかにもおもしろく、たのしくきこえました。きいているうちにもう、うれし涙が目のなかにあふれだしてくると、ヨハンネスは、おもわずさけばずにはいられませんでした。
「おお、ありがたい神さま、こんないいことをわたしたちにしてくださって、この世界にあるかぎりのすばらしいものを、惜しまずみせてくださいますあなたに、まごころのせっぷんをささげさせてください。」
 旅なかまも、やはり、手を組んだまま、そこに立って、あたたかなお日さまの光をあびているふもとの森や町をながめました。ちょうどそのときふと、あたまの上で、なんともめずらしく、かわいらしい声がしました。ふたりがあおむいてみると、大きいまっ白なはくちょう[#「はくちょう」に傍点]が一羽、空の上に舞っていました。そのうたう声はいかにもうつくしくて、ほかの鳥のうたうのとまるでちがっていました。でも、その歌が、だんだんによわって来たとき、鳥はがっくりうなだれました。そうして、それは、ごくものしずかに、ふたりの足もとに落ちて来ました。このうつくしい鳥は死んで、そこに横たわっているのです。
「こりゃあ、そろってみごとなつばさだ。」と、旅なかまはいいました。「どうだ、このまっ白で大きいこと、この鳥のつばさぐらいになると、ずいぶんの金高《かねだか》だ、これは、わたしがもらっておこう。みたまえ、剱をもらって来て、いいことをしたろうがね。」
 こういって、旅なかまは、ただひとうち、死んだはくちょう[#「はくちょう」に傍点]のつばさを切りおとして、それをじぶんのものにしました。
 さて、ふたりは山を越えて、またむこうへなん里もなん里も旅をつづけていくうちに、とうとう、大きな町のみえる所に来ました。その町にはなん百とない塔がならんで、お日さまの光のなかで、銀のようにきらきらしていました。町のまんなかには、りっぱな大理石のお城があって、赤い金で屋根が葺《ふ》けていました。これが王さまのお住居《すまい》でした。
 ヨハンネスと旅なかまとは、すぐ町にはいろうとはしないで、町の入口で宿をとりました。ここで旅のあかをおとしておいて、さっぱりしたようすになって、町の往来をあるこうというのです。宿屋のていしゅの話では、王さまという人は、心のやさしい、それはいいひとで、ついぞ人民に非道《ひどう》をはたらいたことはありません。ところがその王さまのむすめというのが、やれやれ、なさけないことにひどいわるもののお姫さまだというのです。きりょうがすばらしくよくて、世にはこんなにもしとやかな人があるものかとおもうほどですが、それがなんになるでしょう、このお姫さまがいけない魔法つかいで、もうそのおかげで、なんどとなくりっぱな王子が、いのちをなくしました。――それはたれでもお姫さまに結婚を申しこむおゆるしが出ていて、それは王子であろうとこじきであろうと、たれでもかまわない、というのですが、そのかわり、お姫さまのおもっている三つのことをたずねられたら、それをそっくりあてなければならないのです。そのかわり、あたればお姫さまをおよめにして、おとうさまの王さまのおかくれになったあとでは、[#「、」は底本では「。」]けっこうこの国の王さまにもなれる。けれどもその三つともあたらなければ、首をしめられるか、切られるかしなければなりません。このうつくしいお姫さまが、こんなにもひどい、わるものなのでした。おとうさまの老王さまも、そのことでは、ずいぶんつらがっておいでなのですが、そんなむごたらしいことをするなととめるわけにいかないというのは、いつかお姫さまのむこえらみについては、けっして口だししないといいだされたため、お姫さまはなんでもじぶんのしたいままにしてよいことになっているからです。それで、あとから、あとから、ほうぼうの国の王子が代る代るやつて来て、なぞをときそこなっては、首をしめられたり、切られたりしました。そのくせ、まえもっていいきかされていることですから、なにも申込をしなければいいのですが、やはりお姫さまをおよめにたれもしたがりました。お年よりの王さまは、かさねがさねこういうかなしい不幸なことのおこるのを、心ぐるしくおもって、年に一日、日をきめて、のこらずの兵隊をあつめて、ともども神さまのまえにひれ伏して、どうか王女が善心にかえるようにとせつないおいのり[#「おいのり」は底本では「おのり」]をなさるのですが、をなさるのですが、お姫さまはどうしてもそれをあらためようとはしないのです。この町で年よりの女たちが、ブランデイをのむにも、黒くしてのむのは、それほどかなしがっている心のしょうこをみせるつもりでしょう。まあ、そんなことよりほかにしょうがないのですよ。
「いやな王女だなあ。」と、ヨハンネスはいいました。「そんなのこそ、ほんとうにむちでもくらわしたら、ちっとはよくなるかもしれない。わたしがそのお年よりの王さまだったら、とうにひどくこらしめてやるところなのに。」
 そのとき、そとで、町の人たちが、万歳万歳とさけぶ声がしました。ちようど王女のお通りなのです。なるほど、王女はじつに目のさめるようなうつくしさで、このお姫さまがわるい人間だということをわすれさせるほどでしたから、ついたれも万歳をさけばずにはいられなかったのです。十二人のきれいな少女がおそろいの白絹の服で、手に手に金のチューリップをささげてもち、まっ黒な馬にのって、両わきにしたがいました。王女ご自身は、雪とみまがうような白馬《はくば》に、ダイヤモンドとルビイのかざりをつけてのっていました。お召の乗馬服は、純金の糸を織ったものでした、手にもったむちは、お日さまの光のようにきらきらしました。あたまにのせた金のかんむりは、大空のちいさな星をちりばめたようですし、そのマントはなん千とないちょちょう[#「ちょちょう」に傍点]のはねをあつめて、縫いあわせたものでした。そのくせ、そんなにしてかざり立てたのこらずの衣裳《いしょう》も、王女みずからのうつくしさにはおよびませんでした。
 ヨハンネスは、王女をみたせつな、顔いちめんかっと赤くほてって、ただひとしずくの血のしたたりのようになりました。もうひと言もものがいえなくなりました。まあ、この王女は、おとうさんのなくなった晩、ヨハンネスが夢でみた、あの金のかんむりのうつくしいむすめにそっくりなのです。あんまりうつくしいので、いやおうなしに、いきなり大好きにさせられてしまいました。この人が、じぶんのかけたなぞが、そのとおりにとけないといって、ひとの首をしめたり、きらせたりするわるい魔法つかいの女だなんて、そんなはずがあるものか。「たれでも、それは、この上ないみじめなこじきでも、お姫さまに結婚を申し込むことはかまわないということだ。よし、ぼくもお城へでかけよう。
「どうしたっていかずにはいられないもの。」
 ところでみんなは、口をそろえて、そんなまねはしないがいい、ほかのものと同様、うきめをみるにきまっているといいました。
 旅なかまも、やはり、おもいとまるようにいいきかせました。でも、ヨハンネスは、大じょうぶ、うまくやってみせますといって、くつと上着のちりをはらって、顔と手足をあらって、みごとな金髪《きんぱつ》にくしを入れました。それからひとりで町へでていって、お城の門まで来ました。
「おはいり。」ヨハンネスが戸をたたくと、なかで、お年よりの王さまがおこたえになりました。――ヨハンネスがあけてはいると、ゆったりした朝着のすがたに、縫いとりした上ぐつをはいた王さまが、出ておいでになりました。王冠をあたまにのせて、王しゃくを片手にもって、王さまのしるしの地球儀の珠《たま》を、もうひとつの手にのせていました。
[#挿絵(fig42382_02.png)入る]
「ちょっとお待ちよ。」と、王さまはいって、ヨハンネスに手をおだしになるために、珠を小わきにおかかえになりました。ところが、結婚申込に来た客だとわかると、王さまはさっそく泣きだして、しゃくも珠も、ゆかの上にころがしたなり、朝着のそでで、涙をおふきになるしまつでした。おきのどくな老王さま。
「それは、およし。」と、王さまはおっしゃいました。「「ほかの[#「ほかの」は底本では「ほのか」]もの同様、いいことはないよ。では、おまえにみせるものがある。」
 そこで、王さまは、ヨハンネスを、王女の遊園《ゆうえん》につれていきました。なるほどすごい有様です。どの木にもどの木にも、三人、四人と、よその国の王さまのむすこたちが、ころされてぶら下がっていました。王女に結婚を申し込んで、もちだしたなぞをいいあてることができなかった人たちです。風がふくたんびに、死人の骨がからから鳴りました。それを、小鳥たちもこわがって、この遊園《ゆうえん》には寄りつきません。花という花は、人間の骨にいわいつけてありました。植木ばちには、人間のしゃりッ骨が、うらめしそうに歯をむきだしていました。まったく、これが王さまのお姫さまの遊園とはうけとれない、ふうがわりのものでした。
「ほらね、このとおりだ。」お年よりの王さまは、おっしゃいました。「いずれおまえも、ここにならんでいる人たちとそっくりおなじ身の上になるのだから、これだけはどうかやめておくれ。わたしになさけないおもいをさせないでおくれ。わしは心ぐるしくてならないのだからな。」
 ヨハンネスは、この心のいいお年よりの王さまのお手にせっぷんしました。そうして、わたくしはうつくしいお姫さまを心のそこからしたっています。きっと、うまくいくつもりですといいました。
 そういっているとき、当のお姫さまが、侍女《じじょ》たちのこらず引きつれて、馬にのったまま、お城の中庭へのり込んで来ました。そこで、王さ
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