」と、ヨハンネスは、そこで旅なかまにたずねました。
「どうして、三本ともけっこうな草ぼうきさ。」と、相手はいいました。「こんなものをほしがるのは、わたしもとんだかわりものさね。」
 さて、それからまた、しばらくの道のりを行きました。
「やあ、いけない、空がくもって来ますよ。」と、ヨハンネスはいいました。「ほら、むくむく、きみのわるい雲がでて来ましたよ。」
「いんや。」と、旅なかまはいいました。「あれは雲ではない。山さ。どうしてりっぱな大山さ。のぼると雲よりもたかくなって、澄んだ空気のなかに立つことになる。そこへいくと、どんなにすばらしいか。あしたは、もうずいぶんとおい世界に行っていることになるよ。」
 でも、そこまでは、こちらでながめたほど近くはありませんでした。まる一日たっぷりあるいて、やっと山のふもとにつきました。見あげると、まっくろな森が空にむかってつっ立っていて、町ほどもありそうな大きな岩がならんでいました。それへのぼろうというのは、どうしてひととおりやふたとおり骨の折れるしごとではなさそうです。そこで、ヨハンネスと旅なかまは、ひと晩、ふもとの宿屋にとまって、ゆっくり休んで、あしたの山のぼりのげんきをやしなうことにしました。
 さて、その宿屋の下のへやの、大きな酒場《さかば》には、おおぜい人があつまっていました。人形芝居をもって旅まわりしている男が来て、ちょうどそこへ小さい舞台をしかけたところでした。みんなはそれをとりまいて、幕のあくのを待つさいちゅうでした。ところで、いちばんまえの席は、ふとった肉屋のおやじが、ひとりでせんりょうしていましたが、それがまた最上の席でもあったでしょう。しかも大きなブルドッグが、それがまあなんとにくらしい、くいつきそうな顔をしていたでしょう。そやつが主人のわきに座をかまえて、いっぱし人間なみに、大きな目をひからしていました。
 そのうち、芝居がはじまりましたが、それは王さまと女王さまの出てくる、なかなかおもしろい喜劇でした。ふたりの陛下は、びろうどの玉座に腰をかけて、どうしてなかなかの衣裳《いしょう》もちでしたから、金のかんむりをかぶって、ながいすそを着物のうしろにひいていました。ガラスの目玉をはめて、大きなうわひげをはやした、それはかわいらしいでくのぼうが、どの戸口にも立っていて、しめたり、あけたり、おへやのなかにすずしい風のはいるようにしていました。どうもなかなかおもしろい喜劇で、いい気ばらしになりました。そのうち、人形の女王さまは立ち上がって、ゆかの上をそろそろあるきだしました。そのときまあ、れいのブルドッグが、いったい、なんとおもったのでしょうか、それをまた主人がおさえもしなかったものですから、いきなり、舞台にとびだして来て、おやというまもなく、女王さまのかぼそい腰をぱっくりかみました。とたん、「がりッがりッ」という音がきこえました。いやはや、おそろしいことでした。
 かわいそうに、人形つかいの男はすっかりしょげて、女王さまの人形をかかえて、おろおろしていました。それは一座のなかでも、いちばんきりょうよしの人形でしたのに、にくにくしいブルドッグのために、あたまをかみきられてしまったのですからね。けれども、みんな見物が散ってしまったあと、ヨハンネスといっしょにみに来ていた旅なかまが、こんども、そのきずをなおしてやろうといいだしました。そこで、れいの小箱をあけて、おばあさんのくじいた足を立たせてやったあのこうやくを、人形にぬってやりました。人形は、こうやくをぬってもらうと、さっそくきずがきれいになおって、おまけに、じぶんで手足までたっしやにうごかせるようになりました。もう糸であやつることもいらなくなりました。人形はまるで、生きた人のようでした。ただ口がきけないだけです。人形芝居の親方は、どんなによろこんだでしょう。人形つかいがつかわないでも、この人形は勝手にじぶんでおどれるのです。これは、ほかの人形にまねのならないことでした。
 夜中《よなか》になって、宿屋にいた人たちがのこらず寝しずまろうというとき、どこかでしくしくすすり泣く声がして、いつまでもやまないものですから、みんな気にして起きあがって、いったい、たれが泣いているのか見ようとしました。それがどうも人形芝居の舞台のほうらしいので、親方がすぐ行ってみますと、でくのぼうは、王さまはじめのこらずの近衛兵《このえへい》がかさなりあって、そこにころがっていました。いまし方かなしそうにしくしくやっていたのは、このガラス目だまをきょとんとさせている人形なかまであったのです。それは、女王さまとおなじように、ちよっぴり、こうやくをぬってもらって、じぶんで勝手にうごけるようになりたいというのです。すると、女王さまもそばで、べったりひざをついて、その
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