は、たれもお妃になりたいとうらやみました。そうこうするうちに、エリーザのしごともいつしかあがっていきました。あとたった一枚のくさりかたびらが出来かけのままでいるだけでした。一本のイラクサももうのこっていませんでした。そこでもういちど、行きおさめにお寺の墓地へいって、ほんのひとつかみの草をぬいて[#「ぬいて」は底本では「ねいて」]こなければなりません。さすがにエリーザも、ひとりぼっちくらやみのなかをいくことと、あのおそろしい魔物に出あうことをかんがえると、心がおくれました。けれども神さまにたよる信心のかたいように、エリーザの決心はあくまでもかたいものでした。
エリーザはでかけていきました。ところで、王さまと大僧正もそのあとをつけて行きました。ふたりは、エリーザが格子門《こうしもん》をぬけて、墓地のなかへ消えていくところをみました。そばへ寄ってみますと、血を吸う魔物どもが、エリーザが見たとおりに墓石のうえにのっていました。王さまはそのなかまにエリーザがいるようにおもって、ぎょっとしました。ついその夕方までも、そのお妃がじぶんの胸にいたことをおもいだしたからです。
「さばきは人民にまかせよう。」と、王さまはいいました。そこで、人民は、「エリーザを火あぶりの刑に処する。」と、いう宣告を下しました。目のさめるようなりっぱな王宮の広間から、くらい、じめじめした穴蔵のろうや[#「ろうや」に傍点]へエリーザは押し込められました。風は鉄格子の窓からぴゅうぴゅう吹き込みました。今までのびろうどや絹のかわりに、エリーザのあつめたイラクサの束《たば》がほおりこまれました。その上にエリーザはあたまをのせることをゆるされました。エリーザの編んだ、かたいとげで燃えるようなくさりかたびらが、羽根ぶとんと夜着になりました。けれどエリーザにとって、それよりうれしいおくりものはありません。エリーザはまたしごとをつづけながらお祈をしました。そとでは、町の悪太郎どもが、わるくちの歌をうたっていました。たれひとりだって、やさしいことばをかけるものはありませんでした。
ところが、夕方になって、鉄格子のちかくにはくちょうの羽ばたきがきこえました。これはいちばん末のおにいさまでした。おにいさまはいもうとをみつけてくれました。いもうとはうれしまぎれに声をあげて、すすり泣きました。そのくせ、心のなかでは、もうほどなく夜になれば、この世のみおさめだとおもっていました。でも、しごとはもうひといきでしあがります。おにいさまたちはしかもそこへ来ているのです。
大僧正は王さまと約束して、おわりのときまで、エリーザのそばについていることにしました。それで、このときそばへ寄って来て、そのことをいうと、エリーザは首をふって、目つきと身ぶりとで、どうかでていってもらいたいとたのみました。今夜こそしごとをしあげてしまおう。それでなければせっかくいままでにながしたなみだも、苦しみも、ねむらない夜を明かしたことも、みんなむだになってしまうのです。大僧正はいじのわるい、のろいのことばをのこしてでていきました。でもエリーザはじぶんになんの罪もないことを知っていました。そこでかまわずしごとをつづけました。
ちいさなハツカネズミが、ちょろちょろゆかの上をかけまわって、イラクサを足のところまでひいいてきてくれました。エリーザのお手つだいをしてくれるつもりでした。すると、ツグミも窓の格子《こうし》の所にとまって、ひとばんじゅう、一生けんめい、おもしろい歌をうたって、気をおとさないようにとはげましてくれました。
まだそとは、夜明けまえのうすあかりでした。もう一時間たたなければ、お日さまはのぼらないでしょう。そのとき、十一人のきょうだいは、お城の門のところへ来て、王さまにお目どおりねがいたいとたのみました。けれどもまだ夜があけないのだから、そんなことはできないといわれました。王さまはねむっていらっしゃる、それをおさまたげしてはならないのだというのです。それでもきょうだいはたのんだり、おどかしたりしました。近衛《このえ》の兵隊がでて来ました。いや、そのうちに王さままででておいでになって、どういうわけかとおたずねになりました。するともう、きょうだいたちの姿はみえませんでした。ただ十一羽の野のはくちょうが、お城の上をとびかけって行きました。
人民たちがのこらず町の門にあつまって来て、魔女の焼きころされるところをみようとひしめきあいました。よぼよぼのやせ馬が一頭、罪人ののる馬車をひいてきました。やがてエリーザはそまつな麻の着物を着せられました。あのうつくしい髪の毛は、きれいな首筋にみだれたまま下がっていました。ほおは死人のように青ざめでいました。くちびるはかすかにうごいていました。そのくせ指はまだみどり色の麻をせっ
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