見《み》るのがかわいそうだ。だからお前《まえ》たちもこれから心《こころ》を入《い》れかえて分相応《ぶんそうおう》に、人《ひと》の捨《す》てた食《た》べ物《もの》の残《のこ》りや、俵《たわら》からこぼれたお米《こめ》や豆《まめ》を拾《ひろ》って、命《いのち》をつなぐことにしてはどうだ。そして人のめいわくになるような悪《わる》いいたずらをきれいにやめれば、わたしは猫《ねこ》にそういって、もうこれからお前《まえ》たちをとらないようにしてやろう。」
こういうとねずみたちは喜《よろこ》んで、
「もう決《けっ》して悪《わる》いことはいたしませんから、猫《ねこ》にわたくしどもをとらないようにおっしゃって下《くだ》さいまし。」
と言《い》いました。
「よしよし、その代《か》わりお前《まえ》たちがまた悪《わる》さをはじめたら、すぐに猫《ねこ》に言《い》ってとらせるが、いいか。」
と和尚《おしょう》さんが念《ねん》を押《お》しますと、
「ええ、ええ。よろしゅうございますとも。」
と、ねずみたちはきっぱりと答《こた》えました。
そこで和尚《おしょう》さんはふり返《かえ》って、こんどは猫《ねこ》に向《む》かって言《い》いました。
「これ、これ、お前《まえ》たちもせっかくねずみたちがああ言《い》うものだから、こんどはこれでがまんして、この先《さき》もうねずみをいじめないようにしておくれ。その代《か》わりまた、ねずみが悪《わる》さをはじめたら、いつでも見《み》つけ次第《しだい》食《く》い殺《ころ》してもかまわない。どうだね、それで承知《しょうち》してくれるか。」
「よろしゅうございます。ねずみが悪《わる》ささえしなければ、わたくしどももがまんして、あわび貝《かい》でかつ節《ぶし》のごはんや汁《しる》かけ飯《めし》を食《た》べて満足《まんぞく》しています。」
こう猫《ねこ》たちが声《こえ》をそろえて言《い》いますと、和尚《おしょう》さんも満足《まんぞく》らしく、にこにこ笑《わら》って、
「さあ、それでやっと安心《あんしん》した。ねずみは猫《ねこ》にはかなわないし、猫《ねこ》はやはり犬《いぬ》にはかなわない。上には上の強《つよ》いものがあって、ここでどちらが勝《か》ったところで、それだけでもう世《よ》の中に何《なに》もこわいものがなくなるわけではないし、世《よ》の中が自由《じゆう》になるものでもない。まあ、お互《たが》いに自分《じぶん》の生《う》まれついた身分《みぶん》に満足《まんぞく》して、獣《けもの》は獣同士《けものどうし》、鳥《とり》は鳥同士《とりどうし》、人間《にんげん》は人間同士《にんげんどうし》、仲《なか》よく暮《く》らすほどいいことはないのだ。そのどうりが分《わ》かったら、さあ、みんなおとなしくお帰《かえ》り、お帰《かえ》り。」
「どうもありがとうございました。これからはもう咎《とが》のないねずみを取《と》ることは、やめましょう。」
「そうです。わたくしどもも、けっしてよけいな人の物《もの》を取《と》ったりなんかいたしません。」
猫《ねこ》とねずみは口々《くちぐち》にこう言《い》って、和尚《おしょう》さんにおじぎをして、ぞろぞろ帰《かえ》っていきました。
底本:「日本の神話と十大昔話」講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年5月10日第1刷発行
1992(平成4)年4月20日第14刷発行
入力:鈴木厚司
校正:大久保ゆう
2003年8月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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