した。
 それからまたある時《とき》、義家《よしいえ》はいつものとおり宗任《むねとう》を一人《ひとり》お供《とも》につれて、大臣《だいじん》の藤原頼通《ふじわらのよりみち》という人のお屋敷《やしき》へよばれて行ったことがありました。頼通《よりみち》は義家《よしいえ》にくわしく奥州《おうしゅう》の戦争《せんそう》の話《はなし》をさせて聞《き》きながら、おもしろいので夜《よ》の更《ふ》けるのも忘《わす》れていました。ちょうどその時《とき》、このお屋敷《やしき》にその時分《じぶん》学者《がくしゃ》で名高《なだか》かった大江匡房《おおえのまさふさ》という人が来合《きあ》わせていて、やはり感心《かんしん》して聞《き》いていましたが、帰《かえ》りがけに一言《ひとこと》、
「あの義家《よしいえ》はりっぱな大将《たいしょう》だが、惜《お》しいことに戦《いくさ》の学問《がくもん》ができていない。」
 とひとり言《ごと》のようにいいました。するとそれを玄関先《げんかんさき》で待《ま》っていた宗任《むねとう》が小耳《こみみ》にはさんで、後《あと》で義家《よしいえ》に、
「匡房《まさふさ》がこんなことをいっていました。何《なに》もわからない学者《がくしゃ》のくせに、生意気《なまいき》ではありませんか。」
 といって、怒《おこ》っていました。けれども、義家《よしいえ》は笑《わら》って、
「いや、それはあの人のいう方《ほう》がほんとうだ。」
 といって、そのあくる日|改《あらた》めて匡房《まさふさ》のところへ出かけて行って、ていねいにたのんで、戦《いくさ》の学問《がくもん》を教《おし》えてもらうことにしました。

     四

 するうちまた奥州《おうしゅう》に戦争《せんそう》がはじまりました。それは義家《よしいえ》が鎮守府《ちんじゅふ》将軍《しょうぐん》になって奥州《おうしゅう》に下《くだ》って居《お》りますと、清原真衡《きよはらのさねひら》、家衡《いえひら》という荒《あら》えびすの兄弟《きょうだい》の内輪《うちわ》けんかからはじまって、しまいには、家衡《いえひら》がおじの武衡《たけひら》を語《かた》らって、義家《よしいえ》に向《む》かって来《き》たのでした。
 そこで義家《よしいえ》は身方《みかた》の軍勢《ぐんぜい》を率《ひき》いて、こんども餓《う》えと寒《さむ》さになやみながら、三|年《ねん》の間《あいだ》わき目《め》もふらずに戦《たたか》いました。
 この戦《いくさ》の間《あいだ》のことでした。ある日《ひ》義家《よしいえ》が何気《なにげ》なく野原《のはら》を通《とお》って行きますと、草《くさ》の深《ふか》く茂《しげ》った中から、出《だ》し抜《ぬ》けにばらばらとがんがたくさん飛《と》び立《た》ちました。義家《よしいえ》はこれを見《み》てしばらく考《かんが》えていましたが、
「野《の》にがんが乱《みだ》れて立《た》ったところをみると、きっと伏兵《ふくへい》があるのだ。それ、こちらから先《さき》へかかれ。」
 といいつけて、そこらの野原《のはら》を狩《か》りたてますと、案《あん》の定《じょう》たくさんの伏兵《ふくへい》が草《くさ》の中にかくれていました。そしてみんなみつかって殺《ころ》されてしまいました。その時《とき》義家《よしいえ》は家来《けらい》たちに向《む》かって、
「がんの乱《みだ》れて立《た》つ時《とき》は伏兵《ふくへい》があるしるしだということは、匡房《まさふさ》の卿《きょう》から教《おそ》わった兵学《へいがく》の本《ほん》にあることだ。お陰《かげ》で危《あぶ》ないところを助《たす》かった。だから学問《がくもん》はしなければならないものだ。」
 といいました。
 こんどの戦《いくさ》は前《まえ》の時《とき》に劣《おと》らず随分《ずいぶん》苦《くる》しい戦争《せんそう》でしたけれど、三|年《ねん》めにはすっかり片付《かたづ》いてしまって、義家《よしいえ》はまた久《ひさ》し振《ぶ》りで都《みやこ》へ帰《かえ》ることになりました。ちょうど春《はる》のことで、奥州《おうしゅう》を出て海《うみ》伝《づた》いに常陸《ひたち》の国《くに》へ入《はい》ろうとして、国境《くにざかい》の勿来《なこそ》の関《せき》にかかりますと、みごとな山桜《やまざくら》がいっぱい咲《さ》いて、風《かぜ》も吹《ふ》かないのにはらはらと鎧《よろい》の袖《そで》にちりかかりました。義家《よしいえ》はその時《とき》馬《うま》の上でふり返《かえ》って桜《さくら》の花《はな》を仰《あお》ぎながら、
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「吹《ふ》く風《かぜ》を
なこその関《そき》と
思《おも》えども
道《みち》も狭《せ》に散《ち》る
山桜《やまざくら》かな。」
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 という歌《
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