》りになりましょう。」
こう言《い》って、猿《さる》がかじに座《すわ》りました。
「わたくしは物見《ものみ》をつとめましょう。」
こう言《い》って、きじがへさきに立《た》ちました。
うららかないいお天気《てんき》で、まっ青《さお》な海《うみ》の上には、波《なみ》一つ立《た》ちませんでした。稲妻《いなづま》が走《はし》るようだといおうか、矢《や》を射《い》るようだといおうか、目のまわるような速《はや》さで船《ふね》は走って行きました。ほんの一|時間《じかん》も走《はし》ったと思《おも》うころ、へさきに立《た》って向《む》こうをながめていたきじが、「あれ、あれ、島《しま》が。」とさけびながら、ぱたぱたと高《たか》い羽音《はおと》をさせて、空《そら》にとび上《あ》がったと思《おも》うと、スウッとまっすぐに風《かぜ》を切《き》って、飛《と》んでいきました。
桃太郎《ももたろう》もすぐきじの立《た》ったあとから向《む》こうを見《み》ますと、なるほど、遠《とお》い遠《とお》い海《うみ》のはてに、ぼんやり雲《くも》のような薄《うす》ぐろいものが見《み》えました。船《ふね》の進《すす》むにしたがって、雲《くも》のように見《み》えていたものが、だんだんはっきりと島《しま》の形《かたち》になって、あらわれてきました。
「ああ、見《み》える、見《み》える、鬼《おに》が島《しま》が見《み》える。」
桃太郎《ももたろう》がこういうと、犬《いぬ》も、猿《さる》も、声《こえ》をそろえて、「万歳《ばんざい》、万歳《ばんざい》。」とさけびました。
見《み》る見《み》る鬼《おに》が島《しま》が近《ちか》くなって、もう硬《かた》い岩《いわ》で畳《たた》んだ鬼《おに》のお城《しろ》が見《み》えました。いかめしいくろがねの門《もん》の前《まえ》に見《み》はりをしている鬼《おに》の兵隊《へいたい》のすがたも見《み》えました。
そのお城《しろ》のいちばん高《たか》い屋根《やね》の上に、きじがとまって、こちらを見《み》ていました。
こうして何年《なんねん》も、何年《なんねん》もこいで行《い》かなければならないという鬼《おに》が島《しま》へ、ほんの目をつぶっている間《ま》に来《き》たのです。
四
桃太郎《ももたろう》は、犬《いぬ》と猿《さる》をしたがえて、船《ふね》からひらりと陸《おか》の上にとび上《あ》がりました。
見《み》はりをしていた鬼《おに》の兵隊《へいたい》は、その見《み》なれないすがたを見《み》ると、びっくりして、あわてて門《もん》の中に逃《に》げ込《こ》んで、くろがねの門《もん》を固《かた》くしめてしまいました。その時《とき》犬《いぬ》は門《もん》の前《まえ》に立《た》って、
「日本《にほん》の桃太郎《ももたろう》さんが、お前《まえ》たちをせいばいにおいでになったのだぞ。あけろ、あけろ。」
とどなりながら、ドン、ドン、扉《とびら》をたたきました。鬼《おに》はその声《こえ》を聞《き》くと、ふるえ上《あ》がって、よけい一生懸命《いっしょうけんめい》に、中から押《お》さえていました。
するときじが屋根《やね》の上からとび下《お》りてきて、門《もん》を押《お》さえている鬼《おに》どもの目をつつきまわりましたから、鬼《おに》はへいこうして逃《に》げ出《だ》しました。その間《ま》に、猿《さる》がするすると高《たか》い岩壁《いわかべ》をよじ登《のぼ》っていって、ぞうさなく門《もん》を中からあけました。
「わあッ。」とときの声《こえ》を上《あ》げて、桃太郎《ももたろう》の主従《しゅじゅう》が、いさましくお城《しろ》の中に攻《せ》め込《こ》んでいきますと、鬼《おに》の大将《たいしょう》も大《おお》ぜいの家来《けらい》を引《ひ》き連《つ》れて、一人一人《ひとりひとり》、太《ふと》い鉄《てつ》の棒《ぼう》をふりまわしながら、「おう、おう。」とさけんで、向《む》かってきました。
けれども、体《からだ》が大きいばっかりで、いくじのない鬼《おに》どもは、さんざんきじに目をつつかれた上に、こんどは犬《いぬ》に向《む》こうずねをくいつかれたといっては、痛《いた》い、痛《いた》いと逃《に》げまわり、猿《さる》に顔《かお》を引《ひ》っかかれたといっては、おいおい泣《な》き出《だ》して、鉄《てつ》の棒《ぼう》も何《なに》もほうり出《だ》して、降参《こうさん》してしまいました。
おしまいまでがまんして、たたかっていた鬼《おに》の大将《たいしょう》も、とうとう桃太郎《ももたろう》に組《く》みふせられてしまいました。桃太郎《ももたろう》は大きな鬼《おに》の背中《せなか》に、馬乗《うまの》りにまたがって、
「どうだ、これでも降参《こうさん》しないか。」
といって、ぎゅうぎゅう、ぎゅうぎゅう、押《お》さえつけました。
鬼《おに》の大将《たいしょう》は、桃太郎《ももたろう》の大力《だいりき》で首《くび》をしめられて、もう苦《くる》しくってたまりませんから、大《おお》つぶの涙《なみだ》をぼろぼろこぼしながら、
「降参《こうさん》します、降参《こうさん》します。命《いのち》だけはお助《たす》け下《くだ》さい。その代《か》わりに宝物《たからもの》をのこらずさし上《あ》げます。」
こう言《い》って、ゆるしてもらいました。
鬼《おに》の大将《たいしょう》は約束《やくそく》のとおり、お城《しろ》から、かくれみのに、かくれ笠《がさ》、うちでの小《こ》づちに如意宝珠《にょいほうじゅ》、そのほかさんごだの、たいまいだの、るりだの、世界《せかい》でいちばん貴《とうと》い宝物《たからもの》を山のように車《くるま》に積《つ》んで出《だ》しました。
桃太郎《ももたろう》はたくさんの宝物《たからもの》をのこらず積《つ》んで、三にんの家来《けらい》といっしょに、また船《ふね》に乗《の》りました。帰《かえ》りは行きよりもまた一そう船《ふね》の走《はし》るのが速《はや》くって、間《ま》もなく日本《にほん》の国《くに》に着《つ》きました。
船《ふね》が陸《おか》に着《つ》きますと、宝物《たからもの》をいっぱい積《つ》んだ車《くるま》を、犬《いぬ》が先《さき》に立《た》って引《ひ》き出《だ》しました。きじが綱《つな》を引《ひ》いて、猿《さる》があとを押《お》しました。
「えんやらさ、えんやらさ。」
三にんは重《おも》そうに、かけ声《ごえ》をかけかけ進《すす》んでいきました。
うちではおじいさんと、おばあさんが、かわるがわる、
「もう桃太郎《ももたろう》が帰《かえ》りそうなものだが。」
と言《い》い言《い》い、首《くび》をのばして待《ま》っていました。そこへ桃太郎《ももたろう》が三にんのりっぱな家来《けらい》に、ぶんどりの宝物《たからもの》を引《ひ》かせて、さもとくいらしい様子《ようす》をして帰《かえ》って来《き》ましたので、おじいさんもおばあさんも、目も鼻《はな》もなくして喜《よろこ》びました。
「えらいぞ、えらいぞ、それこそ日本一《にっぽんいち》だ。」
とおじいさんは言《い》いました。
「まあ、まあ、けががなくって、何《なに》よりさ。」
とおばあさんは言《い》いました。
桃太郎《ももたろう》は、その時《とき》犬《いぬ》と猿《さる》ときじの方《ほう》を向《む》いてこう言《い》いました。
「どうだ。鬼《おに》せいばつはおもしろかったなあ。」
犬《いぬ》はワン、ワンとうれしそうにほえながら、前足《まえあし》で立《た》ちました。
猿《さる》はキャッ、キャッと笑《わら》いながら、白《しろ》い歯《は》をむき出《だ》しました。
きじはケン、ケンと鳴《な》きながら、くるくると宙返《ちゅうがえ》りをしました。
空《そら》は青々《あおあお》と晴《は》れ上《あ》がって、お庭《にわ》には桜《さくら》の花《はな》が咲《さ》き乱《みだ》れていました。
底本:「日本の神話と十大昔話」講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年5月10日第1刷発行
1992(平成4)年4月20日第14刷発行
※「そのお城《しろ》のいちばん高《たか》い」「こうして何年《なんねん》も」の行頭が下がっていないのは底本のままです。
入力:鈴木厚司
校正:大久保ゆう
2003年8月27日作成
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