をかく子がありました。
 或《ある》日この子は大きな鳥《とり》の子《こ》の紙をどこからか買って来て、綺麗《きれい》にボール紙に貼《は》りつけて、四十八に割った細い罫《けい》を縦横《たてよこ》に引いて、その一つ一つの目に、十二カ月の花や木の細かい画を上手《じょうず》にかきはじめました。
 一雄はどんなにそれが欲しかったでしょう。
「貞吉《ていきち》、貞吉、出来たらおくれ、ね。」
 貞吉というのは、小僧の名でした。
「でもこれはまだほんとうに出来上《できあが》っていないんですからね、すっかり出来あがったら上げましょう。」
「だっていつのことだか知れないじゃないか、いいからそれをおくれよ。」
「だめですよ、まだ彩色《さいしき》もしてないし……」
「いいよ、彩色なんか僕自分でするから。」
「そんなわがままをおっしゃってはいけません。あなたに彩色ができるものですか。」
「できらい、できらい。おくれってばよう。」
 貞吉はそれでも手離そうとはしませんでした。書きのこした桜の花や、鳥の羽《は》の手入れに夢中になっていました。一雄は、とてもだめだと思うと、おどかしの積りでしくしく泣《な》き出《だ》しました。そのうちほんとうに悲しくなって、おいおい泣きながらお茶の間へ駈《か》け込んで行きました。
「どうしたの。」
 おばあさんはもう目の色を変えていました。
「貞吉が、貞吉が……くれないんだ。」
 貞吉は茶の間へ呼ばれて、さんざん叱《しか》られて、理由《わけ》はなしに、丹精した花ガルタの画を、半できのまま取上げられてしまいまいた。美しく描《えが》かれた梅や牡丹《ぼたん》や菊や紅葉《もみじ》の花ガルタは、その晩から一雄の六|色《いろ》の色鉛筆で惜しげもなく彩《いろど》られてしまいました。
 明くる日の朝、赤や青や黄に醜く塗りつぶされて見るかげもなくなっている貞吉の花ガルタは、もう一度一雄の鋏《はさみ》でめちゃめちゃに切りこまざかれて、縁側から庭に落ち散っていました。
「まあこんなに紙屑《かみくず》をお出しになって、坊《ぼつ》ちゃんはいけませんね。」
 その昼すぎ、女中の清《きよ》はぶつぶついいながら、掃き出していました。たった一枚松に鶴《つる》の絵のカルタが、縁先の飛石《とびいし》の下に挿《はさ》まったまま、その後《のち》しばらく、雨風にさらされていました。一雄はその日からもう花ガルタのことを思い出しませんでした。
 十日ばかり後《あと》のことでした。一雄は縁先で遊んでいる内ふと見る気もなしに石の間に挿まって、皮が剥《は》げてボール紙ばかりになっているカルタを一枚見つけました。急に花ガルタが惜しくなって来ました。
 貞吉はおこっているに違いない、貞吉に悪かった、一雄はそう思って何だか悲しくなりました。



底本:「赤い鳥傑作集 坪田譲治編」新潮文庫、新潮社
   1955(昭和30)年6月25日発行
   1974(昭和49)年9月10日29刷改版
   1984(昭和59)年10月10日44刷
初出:「赤い鳥」大正10年3月号
入力:鈴木厚司
校正:林 幸雄
2001年3月28日公開
2001年4月2日修正
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