せました。
「これ何《なん》にするの、おばあさん。」
「玉子をやくのだよ。」
「こんなもので焼くの、おもしろいなあ。」
「これで玉子焼をこしらえてあげるが、食べるかい。」
「ああ。」
 いつもになく一雄が食べたそうな様子をしているので、おばあさんはどんなに喜んだでしょう。
 その日の夕方《ゆうがた》、一雄が茶の間の隅《すみ》っこで、いつまでかかってもほんとうに出来ない積木細工《つみきざいく》のお家《うち》を建てたり、こわしたりしている間《ま》に、おばあさんはせっせと玉子焼のしたくにかかっていました。
 明りがついて、お膳が出ると新調の可愛《かあい》らしい玉子焼のお鍋が、一雄の小さなお膳の上にのっていました。
「ほら、あけてごらん、それはおいしそうに出来たから。」
 一雄が瀬戸物の蓋《ふた》をあけると、ぷんとやわらかな少し焦げくさい、旨そうな匂《にお》いが立ちました。
「まだあついかしら。」
 こういいながら、めずらしくにっこりして、一雄は玉子焼の中に箸を突ッ込みました。
 おばあさんもにこにこしながら、
「ああ、ゆっくり、たんとおあがりよ。」といいました。
 でも一口《ひとくち》、玉子焼を口に頬《ほお》ばると、一雄は急にいやな顔をして、すぐはき出してしまいました。
「ああ、臭い、僕いやだこれ、お酒くさいから。」
 一雄は泣き出しそうな顔をしていました。
「お止《よ》し、お止《よ》し。厭《いや》なら上げないから。」
 おばあさんはこういって、いきなり玉子焼のお鍋をとり上げて、中身をそっくりお庭に投げ棄《す》ててしまいました。ちょうど通りかかったポチが見つけてみんな食べてしまいました。
 なぜおばあさんがこんなにおこったのか、一雄にはわかりませんでした。おばあさんもなぜそんなに腹が立つのか、自分でもわかりませんでした。
 二人はお互いにがっかりして、気の毒になって、このおばあさんと、孫とは、別々の心持でしくしく泣き出しました。
 二人の半日楽しみにして待設《まちもう》けた晩御飯はめちゃめちゃになりました。
 おばあさんはお酒の好きな人でした。せっかく孫の口を甘《うま》くしようと思って入れた幾滴かのお酒が、まるっきり予期しない反対の結果を生んだのでした。それを知って、一雄は余計悲しくなりました。

      二 花ガルタ

 一雄の家に奉公していた小僧で、器用に画《え》
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