んでした。だから、ゲルダが、雪の女王のごてんまできているなんて、どうして、ゆめにもおもわないことでした。
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 第七のお話

   雪の女王のお城でのできごとと そののちのお話

[#挿絵(fig42387_07.png)入る]
 雪の女王のお城は、はげしくふきたまる雪が、そのままかべになり、窓や戸口は、身をきるような風で、できていました。そこには、百いじょうの広間が、じゅんにならんでいました。それはみんな雪のふきたまったものでした。いちばん大きな広間はなんマイルにもわたっていました。つよい極光《オーロラ》がこの広間をもてらしていて、それはただもう、ばか大きく、がらんとしていて、いかにも氷のようにつめたく、ぎらぎらして見えました。たのしみというものの、まるでないところでした。あらしが音楽をかなでて、ほっきょくぐまがあと足で立ちあがって、気どっておどるダンスの会もみられません。わかい白ぎつねの貴婦人《きふじん》のあいだに、ささやかなお茶《ちゃ》の会《かい》がひらかれることもありません。雪の女王の広間は、ただもうがらんとして、だだっぴろく、そしてさむいばかりでした。極光のもえるのは、まことにきそく正しいので、いつがいちばん高いか、いつがいちばんひくいか、はっきり見ることができました。このはてしなく大きながらんとした雪の広間のまん中に、なん千万という数のかけらにわれてこおった、みずうみがありました。われたかけらは、ひとつひとつおなじ形をして、これがあつまって[#「あつまって」は底本では「あっまって」]、りっぱな美術品になっていました。このみずうみのまん中に、お城にいるとき、雪の女王はすわっていました。そしてじぶんは理性《りせい》の鏡のなかにすわっているのだ[#「いるのだ」は底本では「い のだ」]、この鏡ほどのものは、世界中さがしてもない、といっていました。
 カイはここにいて、さむさのため、まっ青に、というよりは、うす黒くなっていました。それでいて、カイはさむさを感じませんでした。というよりは、雪の女王がせっぷんして、カイのからだから、さむさをすいとってしまったからです。そしてカイのしんぞうは、氷のようになっていました。カイは、たいらな、いく枚かのうすい氷の板を、あっちこっちからはこんできて、いろいろにそれをくみあわせて、なにかつくろうとしていました。まるでわたしたちが、むずかしい漢字をくみ合わせるようでした。カイも、この上なく手のこんだ、みごとな形をつくりあげました。それは氷のちえあそびでした。カイの目には、これらのものの形はこのうえなくりっぱな、この世の中で一ばん[#「ばん」は底本では「ぱん」]たいせつなもののようにみえました。それはカイの目にささった鏡のかけらのせいでした。カイは、形でひとつのことばをかきあらわそうとおもって、のこらずの氷の板をならべてみましたが、自分があらわしたいとおもうことば、すなわち、「永遠《えいえん》」ということばを、どうしてもつくりだすことはできませんでした。でも、女王はいっていました。
「もしおまえに、その形をつくることがわかれば、からだも自由になるよ。そうしたら、わたしは世界ぜんたいと、あたらしいそりぐつ[#「そりぐつ」に傍点]を、いっそくあげよう。」
 けれども、カイには、それができませんでした。
「これから、わたしは、あたたかい国を、ざっとひとまわりしてこよう。」と、雪の女王はいいました。「ついでにそこの黒なべをのぞいてくる。」黒なべというのは、*エトナとかヴェスヴィオとか、いろんな名の、火をはく山のことでした。「わたしはすこしばかり、それを白くしてやろう。ぶどうやレモンをおいしくするためにいいそうだから。」
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*エトナはイタリア半島の南シシリー島の火山。ヴェスヴィオはおなじくナポリ市の東方にある火山。
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 こういって、雪の女王は、とんでいってしまいました。そしてカイは、たったひとりぼっちで、なんマイルというひろさのある、氷の大広間のなかで、氷の板を見つめて、じっと考えこんでいました。もう、こちこちになって、おなかのなかの氷が、みしりみしりいうかとおもうほど、じっとうごかずにいました。それをみたら、たれも、カイはこおりついたなり、死んでしまったのだとおもったかもしれません。
 ちょうどそのとき、ゲルダは大きな門を通って、その大広間にはいってきました。そこには、身をきるような風が、ふきすさんでいましたが、ゲルダが、ゆうべのおいのりをあげると、ねむったように、しずかになってしまいました。そして、ゲルダは、いくつも、いくつも、さむい、がらんとしたひろまをぬけて、――とうとう、カイをみつけました。ゲルダは、カイをおぼえていました。で、いきなり
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