すっかりかわって、ひどくこましゃくれたものになりました。――ある冬の日、こな雪がさかんに舞いくるっているなかで、カイは大きな虫目がねをもって、そとにでました。そして青いうわぎのすそをひろげて、そのうえにふってくる雪をうけました。
「さあ、この目がねのところからのぞいてごらん、ゲルダちゃん。」と、カイはいいました。なるほど、雪のひとひらが、ずっと大きく見えて、みごとにひらいた花か、六角の星のようで、それはまったくうつくしいものでありました。
「ほら、ずいぶんたくみにできているだろう。ほんとうの花なんか見るよりも、ずっとおもしろいよ。かけたところなんか、ひとつだってないものね。きちんと形をくずさずにいるのだよ。ただとけさえしなければね。」と、カイはいいました。
そののちまもなく、カイはあつい手ぶくろをはめて、そり[#「そり」に傍点]をかついで、やってきました。そしてゲルダにむかって、
「ぼく、ほかのこどもたちのあそんでいる、ひろばのほうへいってもいいと、いわれたのだよ。」と、ささやくと、そのままいってしまいました。
その大きなひろばでは、こどもたちのなかでも、あつかましいのが、そりを、おひゃくしょうたちの馬車の、うしろにいわえつけて、じょうずに馬車といっしょにすべっていました。これは、なかなかおもしろいことでした。こんなことで、こどもたちたれも、むちゅうになってあそんでいると、そこへ、いちだい、大きなそりがやってきました。それは、まっ白にぬってあって、なかにたれだか、そまつな白い毛皮《けがわ》にくるまって、白いそまつなぼうしをかぶった人がのっていました。そのそりは二回ばかり、ひろばをぐるぐるまわりました。そこでカイは、さっそくそれに、じぶんのちいさなそりを、しばりつけて、いっしょにすべっていきました。その大そりは、だんだんはやくすべって、やがて、つぎの大通を、まっすぐに、はしっていきました。そりをはしらせていた人は、くるりとふりかえって、まるでよくカイをしっているように、なれなれしいようすで、うなずきましたので、カイはついそりをとくのをやめてしまいました。こんなぐあいにして、とうとうそりは町の門のそとに、でてしまいました。そのとき、雪が、ひどくふってきたので、カイはじぶんの手のさきもみることができませんでした。それでもかまわず、そりははしっていきました。カイはあせって、しきりとつなをうごかして、その大そりからはなれようとしましたが、小そりはしっかりと大そりにしばりつけられていて、どうにもなりませんでした。ただもう、大そりにひっぱられて、風のようにとんでいきました。カイは大声をあげて、すくいをもとめましたが、たれの耳にも、きこえませんでした。雪はぶっつけるようにふりしきりました。そりは前へ前へと、とんでいきました。ときどき、そりがとびあがるのは、生《いけ》がきや、おほりの上を、とびこすのでしょうか、カイはまったくふるえあがってしまいました。主のおいのりをしようと思っても、あたまにうかんでくるのは、かけざんの九九ばかりでした。
こな雪のかたまりは、だんだん大きくなって、しまいには、大きな白いにわとりのようになりました。ふとその雪のにわとりが、両がわにとびたちました。とたんに、大そりはとまりました。そりをはしらせていた人が、たちあがったのを見ると、毛皮のがいとうもぼうしも、すっかり雪でできていました。それはすらりと、背の高い、目のくらむようにまっ白な女の人でした。それが雪の女王だったのです。
「ずいぶんよくはしったわね。」と、雪の女王はいいました。「あら、あんた、ふるえているのね。わたしのくまの毛皮におはいり。」
こういいながら女王は、カイをじぶんのそりにいれて、かたわらにすわらせ、カイのからだに、その毛皮をかけてやりました。するとカイは、まるで雪のふきつもったなかに、うずめられたように感じました。
「まださむいの。」と、女王はたずねました。それからカイのひたいに、ほおをつけました。まあ、それは、氷よりももっとつめたい感じでした。そして、もう半分氷のかたまりになりかけていた、カイのしんぞうに、じいんとしみわたりました。カイはこのまま死んでしまうのではないかと、おもいました。――けれど、それもほんのわずかのあいだで、やがてカイは、すっかり、きもちがよくなって、もう身のまわりのさむさなど、いっこう気にならなくなりました。
「ぼくのそりは――ぼくのそりを、わすれちゃいけない。」
カイがまず第一におもいだしたのは、じぶんのそりのことでありました。そのそりは、白いにわとりのうちの一わに、しっかりとむすびつけられました。このにわとりは、そりをせなかにのせて、カイのうしろでとんでいました。雪の女王は、またもういちど、カイにほおずりしました。
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