ねがなるようじゃ。」
「いいえ、あれはかえるでございますわ。」と、お台所むすめはいいました。「でも、ここまでくれは、もうじき鳥もきこえるでしょう。」
こういっているとき、ちょうどさよなきどりが、なきはじめました。
「ああ、あれです。」と、むすめはいいました。「ほら、あすこに、とまっているでしょう。」
こういって、このむすめは、むこうの枝《えだ》にとまっている、灰《はい》色したことりを、ゆびさしました。
「はてね。」と、侍従長はいいました。「あんなようすをしているとは、おもいもよらなかったよ。なんてつまらない鳥なんだ。われわれ高貴《こうき》のものが、おおぜいそばにきたのにおじて、羽根《はね》のいろもなくしてしまったにちがいない。」
「さよなきどりちゃん。」と、お台所むすめは、大きなこえで、いいました。「陛下《へいか》さまが、ぜひごぜんで、うたわせて、ききたいとおっしゃるのよ。」
「それはけっこうこの上なしです。」と、さよなきどりはいいました。そうして、さっそくうたいだしましたが、そのこえのよさといったらありません。
「まるで玻璃鐘《はりしょう》の音《ね》じゃな。」と、侍従長はいいました。「あのちいさなのどが、よくもうごくものだ。どうもいままであれをきいていなかったのがふしぎだ。あれなら宮中でも、上上《じょうじょう》のお首尾《しゅび》じゃろう。」
「陛下さまのごぜんですから、もういちどうたうことにいたしましょうか。」と、さよなきどりはいいましたが、それは、皇帝ごじしんそこの場にきておいでになることと、おもっていたからでした。
「いや、あっぱれなる小歌手《しょうかしゅ》、さよなきどりくん。」と、侍従長はいいました。「こんばん、宮中のえんかいに、君を招待《しょうたい》するのは、大いによろこばしいことです。君は、かならずそのうつくしいこえで、わが叡聖文武《えいせいぶんぶ》なる皇帝陛下を、うっとりとさせられることでござろう。」
「わたしのうたは、林の青葉の中できいていただくのに、かぎるのですがね。」と、さよなきどりはいいました。でも、ぜひにという陛下のおのぞみだときいて、いそいそついていきました。
御殿はうつくしく、かざりたてられました。せとものでできているかべも、ゆかも、何千《なんぜん》とない金のランプのひかりで、きらきらかがやいていました。れいの、りりり、りりりとなるうつくしい花は、のこらずお廊下のところにならべられました。そこを、人びとがあちこちとはしりまわると、そのあおりかぜで、のこらずのすずがなりひびいて、じぶんのこえもきこえないほどでした。
皇帝のおでましになる大ひろまのまん中に、金のとまり木がおかれました。それにあのさよなきどりがとまることになっていました。宮中の役人たちのこらず、そこにならびました。あのお台所の下ばたらきむすめも、いまではせいしきに、宮中づきのごぜん部係《ぶがかり》にとりたてられたので、ひろ間のとびらのうしろにたつことをゆるされました。みんな大礼服《だいれいふく》のはれすがたで、いっせいに、陛下がえしゃくなさった灰いろのことりに目をむけました。
さて、さよなきどりは、まことにすばらしくうたってのけたので、皇帝のお目にはなみだが、みるみるあふれてきて、それがほおをつたわって、ながれおちたほどでした。するとさよなきどりは、なおといっそういいこえで、それは、人びとのこころのおくそこに、じいんとしみいるように、うたいました。陛下は、たいそう、およろこびになって、さよなきどりのくびに、ごじぶんの、金のうわぐつをかけてやろうとおっしゃいました。しかし、さよなきどりは、ありがとうございますが、もうじゅうぶんに、ごほうびは、いただいておりますといいました。
「わたくしは、陛下のお目になみだのやどったところを、はいけんいたしました。もうそれだけで、わたくしには、それがなによりもけっこうなたからでございます。皇帝の涙というものは、かくべつなちからをもっております。神かけて、もうそれが身にあまるごほうびでございます。」
こういって、そのとき、さよなきどりは、またもこえをはりあげて、あまい、たのしいうたをうたいました。
「まあ、ついぞおぼえのない、いかにもやさしくなでさすられるようなかんじでございますわ。」と、まわりにたった貴婦人《きふじん》たちがいいました。それからというもの、このご婦人たちは、ひとからはなしかけられると、まず口に水をふくんで、わざとぐぐとやって、それで、さよなきどりになったつもりでいました。とうとう、すえずえの、べっとうとか、おはした[#「おはした」に傍点]というひとたちまでが、この鳥には、すっかりかんしんしたと、いいだしました。
この連中《れんじゅう》をまんぞくさせることは、この世の中でおよそむ
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