なって、色《いろ》の白《しろ》い、きれいな稚児《ちご》が歩《ある》いて来《き》ました。弁慶《べんけい》は、
「なんだ、子供《こども》か。」
とがっかりしましたが、そのはいている太刀《たち》に気《き》がつくと、
「おや、これは、」
と思《おも》いました。
弁慶《べんけい》は橋《はし》のまん中に飛《と》び出《だ》して行って、牛若《うしわか》の行く道《みち》に立《た》ちはだかりました。牛若《うしわか》は笛《ふえ》を吹《ふ》きやめて、
「じゃまだ。どかないか。」
といいました。弁慶《べんけい》は笑《わら》って、
「その太刀《たち》をわたせ。どいてやろう。」
といいました。牛若《うしわか》は心《こころ》の中で、
「こいつが太刀《たち》どろぼうだな。よしよし、ひとつからかってやれ。」
と思《おも》いました。
「ほしけりゃ、やってもいいが、ただではやられないよ。」
牛若《うしわか》はこういって、きっと弁慶《べんけい》の顔《かお》を見《み》つめました。
弁慶《べんけい》はいら立《だ》って、
「どうしたらよこす。」
とこわい顔《かお》をしました。
「力《ちから》ずくでとってみろ。」
と牛若《うしわか》がいいました。弁慶《べんけい》はまっ赤《か》になって、
「なんだと。」
といいながら、いきなりなぎなたで横《よこ》なぐりに切《き》りつけました。すると牛若《うしわか》はとうに二三|間《げん》後《あと》に飛《と》びのいていました。弁慶《べんけい》は少《すこ》しおどろいて、また切《き》ってかかりました。牛若《うしわか》はひょいと橋《はし》の欄干《らんかん》にとび上《あ》がって、腰《こし》にさした扇《おうぎ》をとって、弁慶《べんけい》の眉間《みけん》をめがけて打《う》ちつけました。ふいを打《う》たれて弁慶《べんけい》は面《めん》くらったはずみに、なぎなたを欄干《らんかん》に突《つ》き立《た》てました。牛若《うしわか》はその間《ま》にすばやく弁慶《べんけい》の後《うし》ろに下《お》りてしまいました。そして弁慶《べんけい》がなぎなたを抜《ぬ》こうとあせっている間《ま》に、後《うし》ろからどんとひどくつきとばしました。弁慶《べんけい》はそのままとんとんと五六|間《けん》飛《と》んで行って、前《まえ》へのめりました。牛若《うしわか》はすぐとその上に馬乗《うまの》りに乗《の》って、
「どうだ、まいったか。」
といいました。
弁慶《べんけい》はくやしがって、はね起《お》きようとしましたが、重《おも》い石《いし》で押《おさ》えられたようにちっとも動《うご》かれないので、うんうんうなっていました。牛若《うしわか》は背中《せなか》の上で、
「どうだ、降参《こうさん》しておれの家来《けらい》になるか。」
といいました。弁慶《べんけい》は閉口《へいこう》して、
「はい、降参《こうさん》します。御家来《ごけらい》になります。」
と答《こた》えました。
「よしよし。」
と牛若《うしわか》はいって、弁慶《べんけい》をおこしてやりました。弁慶《べんけい》は両手《りょうて》を地《ち》について、
「わたくしはこれまでずいぶん強《つよ》いつもりでいましたが、あなたにはかないません。あなたはいったいどなたです。」
といいました。牛若《うしわか》はいばって、
「おれは牛若《うしわか》だ。」
といいました。
弁慶《べんけい》はおどろいて、
「じゃあ、源氏《げんじ》の若君《わかぎみ》ですね。」
といいました。
「うん、佐馬頭義朝《さまのかみよしとも》の末子《ばっし》だ。お前《まえ》はだれだ。」
「どうりでただの人ではないと思《おも》いました。わたしは武蔵坊弁慶《むさしぼうべんけい》というものです。あなたのようなりっぱな御主人《ごしゅじん》を持《も》てば、わたしも本望《ほんもう》です。」
といいました。
これで牛若《うしわか》と弁慶《べんけい》は、主従《しゅじゅう》のかたい約束《やくそく》をいたしました。
四
牛若《うしわか》は間《ま》もなく元服《げんぷく》して、九郎義経《くろうよしつね》と名《な》のりました。そしてにいさんの頼朝《よりとも》をたすけて、平家《へいけ》をほろぼしました。
弁慶《べんけい》は義経《よしつね》といっしょに度々《たびたび》戦《いくさ》に出て手柄《てがら》をあらわしました。後《のち》に義経《よしつね》が頼朝《よりとも》と仲《なか》が悪《わる》くなって、奥州《おうしゅう》へ下《くだ》った時《とき》も、しじゅう義経《よしつね》のお供《とも》をして忠義《ちゅうぎ》をつくしました。そしておしまいに奥州《おうしゅう》の衣川《ころもがわ》というところで、義経《よしつね》のために討《う》ち死《じ》にをしました。その時《とき》体《からだ》じゅうに矢《や》を受《う》けながら、じっと立《た》って敵《てき》をにらみつけたまま死《し》んでいたので、弁慶《べんけい》の立《た》ち往生《おうじょう》だといって、みんなおどろきました。
底本:「日本の英雄伝説」講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年6月10日第1刷発行
※「僧正ガ谷」の「ガ」は底本では小書きになっています。
入力:鈴木厚司
校正:今井忠夫
2004年1月6日作成
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