灰だらけ姫
またの名「ガラスの上ぐつ」
ペロー Perrault
楠山正雄訳
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)紳士《しんし》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|分《ぶ》の
[#]:入力者注 主に外字の注記や傍点の位置の指定
(例)あら[#「あら」に傍点]
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一
むかしむかし、あるところに、なに不自由なく、くらしている紳士《しんし》がありました。ところが、その二どめにもらったおくさんというのは、それはそれは、ふたりとない、こうまんでわがままな、いばりやでした。まえのご主人とのなかに、ふたりもこどもがあって、つれ子をしておよめに来たのですが、そのむすめたちというのが、やはり、なにから、なにまでおかあさんにそっくりな、いけないわがままむすめでした。
さて、この紳士《しんし》には、まえのおくさんから生まれた、もうひとりの若いむすめがありましたが、それは気だてなら、心がけなら、とてもいいひとだった亡《な》くなった母親そっくりで、このうえないすなおな、やさしい子でした。
結婚《けっこん》の儀式《ぎしき》がすむとまもなく、こんどのおかあさんは、さっそくいじわるの本性《ほんしょう》をさらけ出しました。このおかあさんにとっては、腹ちがいのむすめが、心がけがよくて、そのため、よけいじぶんの生んだこどもたちのあら[#「あら」に傍点]の見えるのが、なによりもがまんできないことでした。そこで、ままむすめを台所《だいどころ》にさげて、女中のするしごとに追いつかいました。お皿を洗ったり、おぜんごしらえをしたり、おくさまのおへやのそうじから、おじょうさまたちのお居間のそうじまで、させられました。そうして、じぶんは、うちのてっぺんの、屋根うらの、くもの巣だらけなすみで、わらのねどこに、犬のようにまるくなって眠らなければなりませんでした。そのくせ、ふたりのきょうだいたちは、うつくしいモザイクでゆかをしきつめた、あたたかい、きれいなおへやの中で、りっぱなかざりのついたねだいに眠って、そこには、頭から足のつまさきまでうつる、大きなすがたみもありました。
かわいそうなむすめは、なにもかもじっとこらえていました。父親は、すっかり母親にまるめられていて、いっしょになって、こごとをいうばかりでしたから、むすめはなにも話しませんでした。それで、いいつかったしごとをすませると、いつも、かまどの前にかがんで、消炭《けしずみ》や灰の中にうずくまっていましたから、ままむすめの姉と妹は、からかい半分、サンドリヨン(シンデレラ)というあだ名をつけました。これは灰のかたまりとか、消炭とかいうことで、つまり、それは、「灰だらけ娘」とでもいうことになりましょう。
それにしても、サンドリヨンは、どんなに、きたない身なりはしていても、美しく着かざったふたりのきょうだいたちにくらべては、百そうばいもきれいでしたし、まして心のうつくしさは、くらべものになりませんでした。
二
さてあるとき、その国の王様の王子が、さかんなぶとう会をもよおして、おおぜい身分のいい人たちを、ダンスにおまねきになったことがありました。サンドリヨンのふたりのきょうだいも、はばのきくおとうさんのむすめたちでしたから、やはり、ぶとう会におまねきをうけていました。
ふたりは、おまねきをうけてから、それはおかしいように、のぼせあがって、上着《うわぎ》よ、がいとうよ、ずきんよと、まい日えりこのみに、うき身をやつしておりました。おかげで、サンドリヨンには、新しいやっかいしごとがひとつふえました。なぜというに、きょうだいたちの着物に火のしをかけたり、袖口《そでぐち》にかざりぬいしたりするのは、みんなサンドリヨンのしごとだったからです。ふたりは朝から晩まで、おめかしの話ばかりしていました。
「わたしは、イギリスかざりのついた、赤いビロードの着物にしようとおもうのよ。」と、姉はいいました。
「じゃあ、わたしは、いつものスカートにしておくわ。けれど、そのかわり、金の花もようのマントを着るわ。そうして、ダイヤモンドの帯《おび》をするわ。あれは世間《せけん》にめったにない品物なんだもの。」
ふたりは、そのじぶん、上手《じょうず》でひょうばんの美容師《びようし》をよんで、頭のかざりから足のくつ先まで、一|分《ぶ》のすきもなしに、すっかり、流行《りゅうこう》のしたくをととのえさせました。
サンドリヨンも、やはりそういうことのそうだんに、いちいち使われていました。なにしろ、このむすめは、もののよしあしのよく分かる子でしたから、ふたりのために、いっしょうけんめい、くふうしてやって、おまけに、おけしょうまで手つだってやりました。サンドリヨンに髪《かみ》をあげてもらいながら、ふたりは、
「サンドリヨン、おまえさんも、ぶとう会に行きたいとはおもわないかい。」といいました。
「まあ、おねえさまたちは、わたしをからかっていらっしゃるのね。わたしのようなものが、どうして行かれるものですか。」
「そうだとも、灰だらけ娘のくせに、ぶとう会なんぞに出かけて行ったら、みんなさぞ笑うだろうよ。」と、ふたりはいいました。
こんなことをいわれて、これがサンドリヨンでなかったら、ふたりの髪《かみ》をひんまげてもやりたいとおもうところでしょうが、このむすめは、それは人のいい子でしたから、あくまでたのまれたとおり、りっぱにおけしょうをしあげてやりました。ふたりのきょうだいたちは、もう、むやみとうれしくて、ふつかのあいだ、ろくろく物もたべないくらいでした。そのうえ、でぶでぶしたからだを、ほっそりしなやかに見せようとおもって、一ダースもレースをからだにまきつけました。そうして、ひまさえあれば、すがたみの前に立っていました。
やがて、待ちに待った、たのしい日になりました。ふたりは庭におりて、出かけるしたくをしていました。サンドリヨンは、そのあとから、じっと見送れるだけ見送っていました。いよいよすがたが見えなくなってしまうと、いきなりそこに泣きふしてしまいました。
そのとき、ふと、サンドリヨンの洗礼式《せんれいしき》に立ち合った、名づけ親の教母《きょうぼ》が出て来て、むすめが泣きふしているのを見ると、どうしたのだといって、たずねました。
「わたし、行きたいのです。――行きたいのです。――」こういいかけて、あとは涙で声がつまって、口がきけなくなりました。
このサンドリヨンの教母というのは、やはり妖女《ようじょ》でした。それで、
「あなたは、ぶとう会に行きたいのでしょう。そうじゃないの。」と聞きました。
「ええ。」と、サンドリヨンはさけんで、大きなため息をひとつしました。
「よしよし、いい子だからね、あなたも行かれるように、わたしがしてあげるから。」と、妖女はいいました。そうして、サンドリヨンの手を引いて、そのへやへつれて行きました。
「裏《うら》の畠へ行って、かぼちゃをひとつ、もぎとっておいで。」
サンドリヨンは、さっそく行って、なかでもいちばんいいかぼちゃをよって、妖女のところへ持ってかえりました。けれども、このかぼちゃで、どうして、ぶとう会へ行けるのか、さっぱり考えがつきませんでした。
かぼちゃを受けとると、妖女は、そのしん[#「しん」に傍点]をのこらずくり抜いて、皮だけのこしました。それから妖女《ようじょ》は、手に持ったつえ[#「つえ」に傍点]で、こつ、こつ、こつと、三どたたくと、かぼちゃは、みるみる、金ぬりの、りっぱな馬車にかわりました。
妖女は、それから、台所《だいどころ》のねずみおとしをのぞきに行きました。するとそこに、はつかねずみが六ぴき、まだぴんぴん生きていました。
妖女は、サンドリヨンにいいつけて、ねずみおとしの戸をすこしあげさせますと、ねずみたちが、うれしがって、ちょろ、ちょろ、かけ出すところを、つえ[#「つえ」に傍点]でさわりますと、ねずみはすぐと、りっぱな馬にかわって、ねずみ色の馬車馬が六とう、そこにできました。けれども、まだ御者《ぎょしゃ》がありませんでした。
「わたし行って、見て来ましょう。大ねずみが、まだ一ぴきかかっているかもしれませんから。それを御者にしてやりましょう。」
「それがいいわ。行ってごらん。」と、妖女はいいました。
サンドリヨンは行って、ねずみおとしを持って来ましたが、そのなかに、三びき、大ねずみがいました。妖女は三びきのうちで、いちばんひげのりっぱな大ねずみをより出して、つえでさわって、ふとった、元気のいい御者にかえました。それはめったに見られない、ぴんとした、りっぱな口ひげをはやしていました。それがすむと、妖女《ようじょ》は、サンドリヨンにむかって、
「もういちど、裏《うら》のお庭へ行って、じょろ[#「じょろ」に傍点]のうしろにかくれているとかげを六ぴき、見つけていらっしゃい。」といいました。
サンドリヨンは、いいつけられたとおり、とかげをとってかえりますと、妖女はすぐ、それを六人のべっとうにかえてしまいました。それは、金や銀のぬいはく[#「ぬいはく」に傍点]のある、ぴかぴかの制服《せいふく》を着て、馬車のうしろの台《だい》にのりました。そうして、そこに、ぺったりへばりついたなり、押しっくらしていました。そのとき、妖女は、サンドリヨンにいいました。
「ほら、これでダンスに行くお供ぞろいができたでしょう。どう、気に入って。」
「ええ、ええ、気に入りましたとも。」と、サンドリヨンは、うれしそうにさけびました。「けれどわたし、こんなきたないぼろ[#「ぼろ」に傍点]を、着て行かなければならないでしょうか。」
妖女はそこで、ほんのわずか、つえの先で、サンドリヨンのからだにさわったとおもうと、みるみる、つぎはぎだらけの着物は、宝石《ほうせき》をちりばめた金と銀の着物にかわってしまいました。それがすむと、妖女はサンドリヨンに、それはそれは美しいリスの皮の上《うわ》ぐつ(ガラスの上ぐつだともいいます。)を、一そくくれました。
こうして、のこらずしたくができあがって、いよいよサンドリヨンが馬車にのろうとしたとき、妖女《ようじょ》はあらためて、サンドリヨンにむかって、なにはおいても、夜なか十二時すぎまで、ぶとう会にいてはならないと、きびしくいいわたしました。十二時から一分でもおくれると、馬車はまたかぼちゃになるし、馬は小ねずみになるし、御者《ぎょしゃ》は大ねずみになるし、べっとうはとかげになるし、着ている着物も、もとのとおりのぼろ[#「ぼろ」に傍点]になるのだから、といってきかせました。
サンドリヨンは、妖女に、けっして夜なかすぎまで、ぶとう会にはいませんという、かたいやくそくをしました。そうして、もうはち切れそうなうれしさを、おさえることができないようなふうで、馬車にのりました。
三
さて、王子は、その晩、たれも知らない、どこぞのりっぱな王女が、いましがた馬車にのって、ぶとう会についたという知らせを聞いて、わざわざ迎えに出て来ました。王子は、王女が馬車からおりると、その手をとって広間の、みんなおおぜい居る中へ案内《あんない》して来ました。すると、広間の中はたちまち、しんと静まりかえって、みんなダンスをやめました。バイオリンの音《ね》もしなくなりました。それは、このめずらしいお客さまの美しさに、たれもかれも気をとられて、ぼんやりしてしまったからでした。そのなかで、ただかすかに、こそこそ、ささやく声がして、
「ほう、きれいだなあ。ほう、きれいだなあ。」とばかり、いっていました。
王様も、もうお年はとっておいででしたけれど、そのときは、おもわずサンドリヨンの顔を、じっとながめずにはいられませんでした。そうして、そっとお妃の耳もとにささやいて、
「こんなきれいな、かわいらしいむすめを見るのは、久しぶりだ。」と、いっておいでになりました。
貴婦人《きふじん》たちは、貴婦人たちで、みんなじろじ
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