》してもらわなければならない。わたしたちの生まれ合わせは、ほかのあまやかされて育《そだ》った子どもたちが、あんまり多いキッスにへいこうしてそれをさけなければならないのとは、大ちがいであった。
 そのあくる朝、わたしたちは太陽といっしょに起きて、シャヴァノン村に向かって出発した。わたしはマチアがあたえてくれた助力に、どれほど感謝《かんしゃ》していたであろう。かれなしには、わたしはけっしてこんな大金をためることはできなかった。わたしはかれに雌牛《めうし》を引いて行く楽しみをあたえようと思った。そこでかれはたいへん得意《とくい》らしく雌牛のつなを引いて行くと、わたしはあとからついて行った。かの女はひじょうにりっぱに見えた。それは大様《おおよう》にすこしゆれながら、自分で自分の値打《ねう》ちを知っているけものらしく歩いていた。わたしは雌牛をくたびれさせないようにしたいと思ったので、その晩《ばん》おそくシャヴァノンに着くことはよして、それよりもあしたの朝早く行く計画にした。ところがそのうちにこういうことが起こった。
 わたしはその晩《ばん》、むかし初《はじ》めてヴィタリス親方ととまって、カピが悲しそうなわたしを見てそばへ来てねてくれた、あの村にとまることにした。
 この村にはいるまえにわたしたちはきれいな青い草の生えた所に来た。荷物をほうり出してわたしたちはそこで休むことにした。わたしたちは雌牛《めうし》をみぞの中に放してやった。初《はじ》めはなわで引いていようと思ったが、この雌牛はたいへんすなおで、草を食べることによく慣《な》れているようであったので、わたしはしばらくつなを牛の角に巻《ま》きつけて、そのそばにこしをかけて晩飯《ばんめし》を食べ始めた。もちろんわたしたちは雌牛よりずっとまえに食べてしまった。そこでさんざん雌牛を感心してながめたあとで、これからなにをしようというあてもないので、わたしたちはしばらく遊んでいた。それがすんでも牛はまだ食べていた。わたしがそばへ行くと、雌牛《めうし》は草の中に固《かた》く首をつっこんでいて、まだ腹《はら》が減《へ》っているというようであった。
「すこし待ってやりたまえ」とマチアが言った。
「だってきみ、雌牛は一日だって食べているんだぜ」とわたしは答えた。
「まあ、しばらく待ってやりたまえ」
 わたしたちはもう背嚢《はいのう》と楽器《がっき》をしょったが、まだ牛はやめなかった。
「ぼくは牛のためにコルネをふいてやる」と、じっとしていられないマチアが言った。「ガッソーの曲馬には、音楽の好《す》きな雌牛《めうし》がいたよ」
 かれはゆかいなマーチをふき始めた。
 初《はじ》めの音で、雌牛は頭を上げた。するととつぜんわたしがかれの角にとびかかってつなをおさえるまもないうちに、かの女はとっとっとかけ出した。わたしたちはいっしょうけんめい、止まれ、止まれと呼《よ》びながら、あとから追っかけた。わたしはカピに牛を止めるように声をかけた。だがだれでも万能《ばんのう》ということはできない。牛飼《うしか》い、馬飼いの犬なら鼻づらにとびついたであろうが、カピは牛の足にとびついた。
 牛はとうとうわたしたちが通って来た最後《さいご》の村までかけもどった。道はまっすぐであったから、遠方でもその姿《すがた》を見ることができた。おおぜいの人が通り道をふさいでつかまえようとしているのも見えた。わたしたちは牛を見失《みうしな》う気づかいはないと思ったので、すこし速力《そくりょく》をゆるめた。こうなるとしなければならないことは、牛を止めてくれた人たちから、それを受け取ることであろう。
 わたしたちがそこへ着いたとき、おおぜいの人間がもう集まっていた。そしてわたしたとが考えていたように、すぐに牛をわたしてはくれないで、どうして牛を手に入れたか、どこから牛をとって来たかをたずねた。
 かれらはわたしたちが牛をぬすんだこと、そして牛は持ち主の所へかけて帰ろうとしたのだということを主張《しゅちょう》いた。かれらはほんとうのことがわかるまで、わたしたちは牢屋《ろうや》へ行かなければならないと宣告《せんこく》した。牢屋と言われたばかりで、わたしは青くなって、どもり始めた。おまけにさんざんかけて息が切れていたので、ひと言もものが言えなかった。そこへちょうど巡査《じゅんさ》がやって来た。二言三言で全体の事件《じけん》が説明《せつめい》された。それを聞いてもいっこうはっきりしないことであったから、とにかくかれは雌牛《めうし》を預《あず》かること、それがわたしたちのものだというあかしの立つまで、わたしたちを拘留《こうりゅう》することに決めた。村じゅうが行列を作って、わたしたちのあとに続《つづ》いて、ちょうど警察署《けいさつしょ》をかねていた町の役場ま
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