た。コルベイユへ着くと、わたしはさし当たりなくてならないと思う品を二つ三つ買うことができた。第一はコルネ、これは古道具屋で三フランした。それからくつ下に結《むす》ぶ赤リボン、最後《さいご》にもう一つの背嚢《はいのう》であった。代わりばんこに重い背嚢をしょうよりも、てんでんが軽い背嚢をしじゅうしょっているほうが楽であった。
「きみのような、人をぶたない親方はよすぎるくらいだ」とマチアがうれしそうに笑《わら》いながら言った。
 わたしたちのふところ具合がよくなったので、わたしは少しも早く、バルブレンのおっかあの所に向かって行こうと決心した。わたしはかの女におくり物を用意することができた。わたしはもう金持ちであった。なによりもかよりも、かの女を幸福にするものがあった。それはあのかわいそうなルセットの代わりになる雌牛《めうし》をおくってやることだ。わたしが雌牛をやったら、どんなにかの女はうれしがるだろう。どんなにわたしは得意《とくい》だろう。シャヴァノンに着くまえに、わたしは雌牛を買う。そしてマチアがたづなをつけて、すぐとバルブレンのおっかあの背戸《せど》へ引いて行く。
 マチアはこう言うだろう。「雌牛《めうし》を持って来ましたよ」
「へえ、雌牛を」とかの女は目を丸《まる》くするだろう。「まあおまえさんは人ちがいをしているんだよ」
 こう言ってかの女はため息をつくだろう。
「いいえ、ちがやしません」とマチアが答えるだろう。「あなたはシャヴァノン村のバルブレンのおばさんでしょう。そらおとぎ話の中にあるとおり、『王子さま』があなたの所へこれをおくり物になさるのですよ」
「王子さまとは」
 そこへわたしが現《あらわ》れて、かの女をだき寄《よ》せる。それからわたしたちはおたがいにだき合ってから、どら焼《や》きとりんごの揚《あ》げ物《もの》をこしらえて、三人で食べる。けれどバルブレンにはやらない。ちょうどあの謝肉祭《しゃにくさい》の日にあの男が帰って来て、わたしたちのフライなべを引っくり返して、自分のねぎのスープに、せっかくのバターを入れてしまったときのように意地悪くしてやる。なんというすばらしいゆめだろう。でもそれをほんとうにするには、まず雌牛《めうし》から買わなければならない。
 いったい雌牛はどのくらいするだろう。わたしはまるっきり見当がつかない。きっとずいぶんするにちがいない。でもまだ……わたしはたいして大きな雌牛は欲《ほ》しくなかった。なぜなら太っていればいるほど、雌牛は値段《ねだん》が高いから。それに大きければ大きいほど雌牛《めうし》は食べ物がよけい要《い》るだろう。わたしはせっかくのおくり物が、バルブレンのおっかあのやっかいになってはならないと思う。さしあたりだいじなことは、雌牛の値段《ねだん》を知ることであった。いや、それよりもわたしの欲《ほ》しいと思う種類《しゅるい》の雌牛の値段を知ることであった。幸いにわたしたちはたびたびおおぜいの百姓《ひゃくしょう》やばくろうに行く先の村むらで出会うので、それを知るのはむずかしくはなかった。わたしはその日|宿屋《やどや》で出会った初《はじ》めの男にたずねてみた。
 かれはげらげら笑《わら》いだした、食卓《しょくたく》をどんとたたいた。それからかれは宿屋のおかみさんを呼《よ》んだ。
「この小さな楽師《がくし》さんは、雌牛《めうし》の価《ね》が聞きたいというのだ。たいへん大きなやつでなくて、ごくじょうぶで、乳《ちち》をたくさん出すのだそうだ」
 みんなは笑《わら》った。でもわたしはなんとも思わなかった。
「そうです、いい乳を出して、あんまり食べ物を食べないのです」とわたしは言った。
「そうしてその雌牛《めうし》はたづなに引かれて道を歩くことをいやがらないものでなくってはね」
 かれは一とおり笑《わら》ってしまうと、今度はわたしと話し合う気になって、事がらをまじめにあつかい始めた。かれはちょうど注文の品を持っていた。それはうまい乳《ちち》を――正銘《しょうめい》のクリームを出すいい雌牛《めうし》を持っていた――しかもそれはほとんど物を食べなかった。五十エクー出せばその雌牛はわたしの手にはいるはずであった。初《はじ》めこそこの男に話をさせるのが骨《ほね》が折《お》れたが、一度始めだすと今度はやめさせるのが困難《こんなん》であった。やっとわたしたちはその晩《ばん》おそく、とにかくねに行くことができた。わたしはこの男から聞いたことを残《のこ》らずゆめに見ていた。
 五十エクー――それは百五十フランであった。わたしはとてもそんなばくだいな金を持ってはいなかった。ことによってわたしたちの幸運がこの先|続《つづ》けば、一スー一スーとたくわえて百五十フランになることがあるかもしれない。けれどそれにはひまがかか
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